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出会って二週間ほどしたころに、こんな会話をした。
「そういえば、何歳なの?」
私が尋ねると、フユシマはコンビニのアメリカンドッグにかぶりつきながら答えた。
「俺? 29だよ」
「ええ、私より年上じゃん。少年だと思ってたのに。童顔だねえ」
私は心底驚いて、フユシマの横顔をまじまじと見た。
艶っぽい肌と、ハリのある身体。何か夢を持って東京に出てきたような、儚げな情熱にあふれたその表情は、とてもアラサーには見えない。見た目によらないのだな、と頭を揉んだ。
「あそこのクラブ、若い子しかいないから、そんないってると思わなかった」
「あんたも大概でしょ。」
「フユシマ、彼女いないの? 結婚とかしないの?」
「はあ?」
「三十近くなると、周りから言われない?」
「言われたくないね、そんな、時代遅れ」
あきれてため息をついたフユシマの首筋が、妙に艶めかしく見えた。
うっかり、手を伸ばす。私は、シワのよったTシャツの裾を掴んで、離すものかと思った。
私はフユシマのシャツを脱がそうとする。
フユシマの肩に顔を埋めて、背中に手を回して、地肌の熱に口づけをした。どこまででも進んでいきたい。薬が回るように、息を吸った。
私がいくらそんな気持ちでいても、フユシマには関係ない。
フユシマは決して、私に手を出さなかった。
フユシマは、私を両腕で力強く突き放し、軽蔑をこめて私を睨むだけなのだ。
「あんた、ほんと股が緩いよね」
「だって、みんな、簡単に落ちるから。男も、女もね」
「独特だよ、あんたさ。人の中に入ってくるのが上手いっていうか。そうやって、人の心を弄ぶのが楽しいんでしょ」
「はは、楽しいだけじゃないよ。落ちる音もあれば、尽きる音もあるのよ」
「その、どっちの音も好きなんでしょ。無人島じゃ生きていけないね、あんた」
「たしかに、そうかもね」
「そんなこと繰り返していると、信用無くなって、人の輪に入れなくて、ずっと、孤独になるよ。いや、いまだって、そうだろう。まともじゃないよ、不倫なんて。あんた、人間じゃないよ」
私はフユシマに確信を突かれた気がして、胸の奥がじわりと黒ずんだ。思わず、心を隠すための笑みがこぼれる。
「はは、フユシマに言われたくないなあ」
「いや、俺には、あんたのほうがよっぽど、どうしようもない人間に見えるけどね。あんた、仕事なにしてんの?」
「え? うーん、売春婦かな」
冗談を言うと、フユシマは真に受けて、顔をしかめてしまった。
「うそ、うそ。普通に、会社員。フユシマは?」
私の冗談にため息をついたフユシマは、食べ終えたアメリカンドッグの棒をゴミ袋に投げ入れながら答えた。
「なにもしてない。ときどき身体売ってるだけ」
「え? 本当の売春婦じゃん」
「まあ、そんなところ」
私はなんとなく、それ以上にふかく掘り下げる言葉が出てこなかった。フユシマも、なにかを感じたのか、珍しく、ひとりごちていた。
「なんだろうね。一回、経験してしまうと、後戻りできないよ。お金が安く思える」
いつになく饒舌な言葉に、後ろめたさが濁されていて、胸がどきどきする。
「普通に働くより楽だし、この世に愛なんてないし、俺はその日に飯が食えればそれでいいし」
そう言って、フユシマはペットボトルのコーラを飲み干した。
私は、フユシマの世間擦れしたスカしたような言葉が、大好きだった。
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