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愛の尽きる音を知っている。
私は、その耳障りの悪い中毒性にすがっていた。それは、間違いようがない。だって私は、その旋律を聞く行為自体、生きている実感のような気がしていたから。
くだらない猛暑のそばで、フユシマのアパートはすこしずつズレるように傾いている。
そのすこしの段差でも、膝が上がらない。うすい生地のスカートを踏んで、転げて、地獄まで落ちる想像をする。その足枷を夢に見ている。
目の前の長方形。フユシマの部屋の玄関のドア。煤けたカラーをしている。トランペットの音でも聞こえてきそうだ。愛の根城。
合鍵を取り出す。鍵穴と一対一になるたびに、この鍵のかたちが、もしも、回らなかったらと、私は不安になる。
ドアを開ける。それは目がくらむ当然のように、フユシマの部屋を通した。
風が舞い込む。フユシマの生き血。部屋中、黒々と焦げ付いている。
フユシマといえば、さっきまで猛毒に苦しんでいた腐乱死体のように、ベッドに転がっていた。
私が入ってきたことに気が付くと、むくりと身体を起こし、気だるそうに白い背中をかく。姿勢の悪い首が回り、その瞳が私の顔を見た。
とがった眉。鋭い眼光。襟足の伸びた黒髪。華奢で、線が丸い腕の形。私は恍惚とする。フユシマの顔はやたらに整っているから。
私が有無を言わせずベッドにあがると、フユシマは興味のなさそうにじとりと湿気た目線で私を見た。体重で沈む私の手首。フユシマの身体を挟もうとした両膝が固まる。胸の奥にカビが生えそうだった。
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