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もうだめだなってわかっていた。北海道から出ることができない私と、東京でしか生きることができないあなた。お互いの境遇がわかっていたから、大学生活4年間だけの期限付きの恋人のはずだったのに。 こうして同じ時間、離れた距離で頑張れたのは、あなたも愛してくれてたからだよね?
だから、最後の場所はスクランブル交差点を選んだんだよ。
どこからともなく集まって、それぞれの方向に放射線を描くように散らばっていく人ごみ。 ここでなら、きっと上手にあなたを見失うことができるから。
いつまでも視線で背中を追い続けるんじゃなくて、きっと上手に見失える。
「どこに行く?」
最後だとわかっているのに、やっぱりあなたは優しい。最後だとわかっているからいつもより優しく感じるだけかもしれない。
「どこにも行かない」
縋る思い出はもうたくさんあるよ。
「飯は?」
最後の晩餐なんていらない。だいたい何に乾杯するのよ。
「いい。ここで終わりにしたい」
「ここで?」
私の気持ちはきっとあなたにはわからない。そしてそれが唯一の別れの理由。
「うん、ここで」
私は微笑んで右腕を差し出した。
「ありがとう。元気で」
私が差し出した右手をあなたが握ってくれる。ねえ申し訳なさそうな顔なんてしないで。私たちは頑張った。お互いに。距離に勝とうと二人でジタバタしたよ。思いっきりジタバタしたよ。
「絢乃も」
私たちはしっかりと手を握り合った。挨拶の握手ではない。思い出を巡らす時間、そして放すための時間。
ありがとう、この4年間も、キャンパスで共に笑った4年間も。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、愛しかったり、切なかったり。あの4年間、すべての感情はあなたがくれた。
「ありがとう」
手を握ったまま、私を見つめたままあなたが言ってくれた。同じ思い出が蘇っていたなら嬉しい。
私たちはどちらからともなく手を放した。
そう、これが今回の上京の目的。
私たちが手を放つため。
歩行者信号が青になる。
「行って。この交差点を渡って行って」
頷いた大地が、私に背中を向けてゼブラの中に入っていった。 スクランブル交差点の人ごみの中へと入った彼の背中が小さくなる。
誰にもぶつからずに、一度も振り返らずに、少し疲れたグレーのスーツの背中が大きな交差点を渡り切った。
目的とは違った。
ここで見失おうと思っていた。
でもこの方が良かった。
この交差点を、本当は誰とも、一度もぶつからずに進んでいける人だということを改めて知れた。
この方が良かったんだ。
大地が暮らす街の汚れた空気を、肺いっぱいに吸い込んでゆっくりと吐いた。 空港に向かうためにスクランブル交差点に背を向ける。
私とあなたが別々に生きる9年目は、お互いにとって新しい1年目になる。
あなたは踏み出した。私も踏み出そう。
右手に残るサヨナラのぬくもりを握りしめて、私は駅に向かって大きく一歩を踏み出した。
空港に着くころには、右手のぬくもりも感じなくなっているだろう。
私と大地のクロスロード。
間には車道よりも大きく津軽海峡が横たわっている。
〈fin〉
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