スターターピストルは鳴らさない

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 今最悪なことが同時多発的に起きている。まず終電で帰るはめになったこと。そしてそのOLと同じ路線だったこと。しかも同じ行先であること。これだけにとどまらずもっと最悪なことがある。 「後藤君、スターターありがとね」い?なんで名前? 「私、名前言いましたっけ?」 「資材物流部の後藤君でしょ?3年目の」  あまりの衝撃に目玉がピンボールみたいにバウンドしまくった。会社名すっ飛ばして、所属部署知ってんの?しかも勤続年数まで。 「私、人事本部の岡野。本社の従業員はあらかた分かるわ」  鞄から社員証を取り出す。  ちょっと待って。 「もし、もしかして太洋鉄鋼ですか?」 「そうよ」 「え”え”え”ー!」 「声でかい。部署が違えばフロアも違うんだから、別会社みたいなもんでしょ。知らなくて当然よ」  ほんとに同じ会社?しかも人事本部ってなに?こえーよ!東京のど真ん中でクラウチングスタートかますとか、なにやってんのこのバカ女。あぶねー口にだすとこだった。なにかしでかしたら人事考査に確実にひびく。とにもかくにも逃げよう降りようそうしよう。 「あのぉ、次の駅が最寄りなので降りますね」 「あんた寮でしょ?次で降りてどうすんの?」 「べ!」また目玉がピンボールになる。 「か、交際している女性の家に寄る予定がありまして」この間彼女とは別れた。 「これが終電だから降りたら次の電車ないけど大丈夫?」 「あ”」 「おとなしく乗ってれば?」 「も、申し訳ありません……」 「なに謝ってんの?」  余計なことを言わないように口を閉ざしていたら、プライベートなこと(下世話中心)をめちゃくちゃ聞かれた。というか吐かされた。これはパワハラなのでは?セクハラにもあたるかもしれない。「じゃあお先」と言って彼女は寮の最寄り駅の2つ手前で降りた。 「お疲れ様でございます」  家ちけーよ。
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