色なき風の頃

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テーブルに並べられた皿からは、オリーブオイルの良い香りがしていた。 桜間さんのお願いというのは、コンテストモデルだった。 インスタでもOKのフォトコンテストだし、ユニセックスな感じで撮りたい。早橋君ぴったり。だと。 桜間さんはコンテストの参加意義とか、美容師に求められているものとか、美容学校の講師に来ていた時のように熱く語っていた。 一人さんは、うんうんと頷きながらも、それは理想。都会にだけサロンがあって、美容師が居るわけじゃない。とか反論している。 いつもこんな仕事の話をしているわけではないのだろうが、共通の時間、話題の中に居られるのは、羨ましかった。 そして、お願いと言いながら、僕にはNOという選択はないらしく、話は勝手に進められて行く。 ランウェイを歩くわけではないし、役に立てるのならいいか…と、頷くしかなかった。 泊まって行く?というのを断わり、挨拶をして、二人に見送られながら、自転車を引いて歩く。 一杯、口にしたワインが、身体をふわふわさせる。 夜風が心地良い。 年下の桜間さんが「カズさん」と一人さんを呼び、何気なく談笑する。ただそれだけのことに、理由もなく、胸の奥がグッと痛くなる。 気分転換と気づかれるほどに、沈んで見えるのだろうか。 欠けて行くのか、満ちて行くのか、月明かり。 手を伸ばせば届きそうで、同じ月の光が涼也の元にも降り注いでいるだろうか…とふと思う。 そんな風に思うことなどなかったのに。届きそうで届かない…と思えるほど近くに感じていた。
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