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それから数日して、昼を過ぎて客が帰えり、片付けを始めた僕に、
「早橋君、いいから先昼済ませて」
と、少し苛立つように言った。
梓さんの客は、比較的注文が多く、話が長い。笑顔で相槌を打ち、話をしているが、見えない所で肩を竦めている。今日は特に時間を気にしている様子だった。
でも…と言いかけたけれど、素直に奥のカウンターに座り昼食にした。
今日はまだ、カットとパーマの予約が3件入っている。時間はまだあるけど…と、思っていると、一人さんが呼んだ。
「カフェオレ入ったよ」
「え?はい、ありがとうございます」
「こっち、座ってよ」
「何ですか?」
「2時前にはトウヤが来るから、その前にメイクしたい」
「え?一人さん、今日?これからですか?」
「そう」
「そんな…これからまだ予約入ってますよ」
「なに?早橋君、僕一人じゃ無理って?」
「そんな…じゃなくて…急に…心の準備が…」
「いいの、いいの。というか、今日でなくちゃ駄目なんだって。いいから、大人しく座っててよ。より美人に仕上げるから」
顔は蒸されたり、冷やされたり、眉を整え、息が掛かる程近くに一人さんの真剣な瞳がある。
つい伏目がちになるのを、たしなめられる。
つけ睫毛重い。
更にアイラインが引かれて、カラコンを装着。片目が金、片目がブルー。
オッドアイ。
指先で引くグロス。
「黒子、描いていい?目元か、口元…ん、やっぱ、口元か…」
キスされるかと錯覚する。
鏡に映っているのは誰だと尋ねたいくらい、別人の自分。
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