色なき風の頃

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「ん、いいね。目は口ほどにものを言いと言うけど、黒子は、やっぱり口元がいい。早橋君、色っぽい。一寸、半開きにしてみて」 「半開き…って…そんなこと言われても…」 「モデルなんだからさ。ほら。あ、コンテスターが来た。いらっしゃい。待ってたよ」 「バイパス事故で渋滞してて。うわっ早橋君?いい感じじゃん。流石カズさん」 桜間さんは、入って来るなり僕を正面からまじまじと見つめた後で、椅子の後ろに立つと髪を触り始めた。 モデル…カットモデルになることはあっても、こんな風にメイクをされたりすることはない。 モデルの心得は、アーティストの意思を表現することか…。 桜間さんの求めているもの。 余り考えたこともなかったけれど、一人さんも本当は、梓さんの中高年客相手の、変わり映えしない、実務的な仕事より、華やかでスタイリッシュなサロンで、アーティステックな仕事をしたいと思っているのだろうか。 なんとなく、流されて美容師になった僕とは違って…。 「早橋君?聞いてる?コンタクト外していいよ」 「は、はい…」 「カズさん、グリーンも一枚ほしい。着物はやっぱりモスグリーンの方にしたから」 「ん、ほら、もう出掛けないと間に合わなくなるよ。一緒に行きたいのは山々だけどさ。ベストショット、すぐ送って」 「了解です。じゃ、早橋君、行こうか」 「え、あ、はい」 「何?早橋君は身体だけ来てくれればいいの」 「ええ…お願いします」 「こちらこそ。じゃ、カズさん、行って来ます」 「ん、行ってらっしゃい。早橋君、スマイル」 一抹の不安を置き忘れるように、急かされて、追い立てられて車に乗り込んだ。
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