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坂の上の彼らに見下ろされながら奥へと分け入るのは、貴船明神への参詣が神聖な儀式であると言われている気がする。 大や塔太郎はもちろん、辰巳大明神でさえもそう感じたのか、皆、はじめは数秒立ち止まっていた。 やがて石段を一歩一歩と上るうち、大は神猿から貰った力を宿しているためか不思議と湧き上がるような何かを感じ、輝孝は水を飲んでいないにも関わらず、既に新しい記憶を思い出していた。 「……ここに、来た事があります。……一人じゃない。二人です」 「おっ。誰や。彼女か?」  狸から、錦天満宮での男性姿に戻った辰巳大明神が振り返る。輝孝は灯篭と山の緑を見上げ、消えた在りし日を手繰り寄せていた。 「恋人かどうかは分かりません。でも、女の子です。年下です。さみ、と呼んでて……多分、僕はその子の事が好きだった……」  思いがけず出た、彼の恋の記憶。洛中から遠いこの場所に男女二人で来たというのは浅からぬ関係であると思われ、塔太郎が輝孝の体調を見ながら、 「その、さみさんの消息やご連絡先は分かりませんか。その方も、あやかしですか」  と次に繋げようとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。
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