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タクシーを降り、辰巳神社の前に着いたが、話が途中だったので解散しなかった。 暗がりの辰巳橋の上に、四人並んで立ってみる。白川の流れをぼんやり見つめながら、辰巳大明神が口を開いた。 「――なるほどなぁ。君の家の事や、沙美さんとの関係はよう分かったわ。妹が知ってる男と恋仲になったら、兄としてはそら安心やろな。……その上で、ちょっと野暮な事を訊かしてもらうけど。自分、灯篭のとこで、ああ言うてたやろ。という事は輝孝さんも、沙美さんが好きやったんやな? ひょっとして今もか」 「それは……」  輝孝が一瞬口を閉じ、辰巳橋に涼しい風が吹いた。遠くの柳が、さらさらと小さく揺れている。 「……記憶を失くしていたからとは言え、迂闊でしたね。旦那様のおっしゃる通りです。確かに僕は、沙美に恋心を抱いていました。自覚したのは多分、高校生の時でしょうか……。ただその前に、沙美の方から打ち明けられてしまったんですよ。『伊知郎の事が好きなんやけど、お兄ちゃん、どうしよう』って。初めて聞いた時は辛かったです。でも、伊知郎だって大事な幼馴染で、親友です。彼やったらええと思い、沙美を応援する事に決めました」 「自分が、告白するっちゅう選択肢はなかったんか」 「相手が彼と聞いた時点で、消しました。伊知郎も、沙美の事が好きだろうと薄々気づいてましたから。……だから、ここで僕が「妹」に想いを打ち明けると、どんな結末になっても三人の関係は終わってしまう。少なくとも、今まで通りに仲良くは出来ない。それだけは嫌やったんです。しかも、両親だって、口には出さないでも沙美と伊知郎がくっつけばいいと思っていた。それら何もかもを全部壊して、自分の恋を優先する気はありませんでした。兄のままでいれば、皆が幸せになって一生付き合っていける。そっちの方がよほど魅力的です」  大達は、彼の言葉を黙って聞いていた。 発せられる一文字一文字が真実味と誠意に溢れており、後悔どころか迷っている形跡すらなかった。
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