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古都にかかる朝靄はまだひんやりと冷たく、それを温めるかのように差し込む日の光を受けて、寝室がほのかに白くなる。 これをベッドの中で感じ取るのが、古賀大(こが まさる)の最近の目覚め方だった。  もこもことした毛布をゆるく押しのけて、よいしょと起き上がる。母から受け継いだドレッサーの鏡の自分と目が合った。 大は二十歳で年頃の娘だから、そうなると大抵肌がどうだとか髪がどうのと気にしてしまい、ついつい時間が経つ事もある。 しかし、この日は喉が渇いている事もあって早々に離れ、サイドテーブルに置いてある水差しを取った。 コップに水を入れ、喉へと流し込む。丸みのある適温の水が、大の頭も体をも優しく起こしてくれた。  水は、キンシ正宗堀野記念館の中庭から湧き出ている井戸水「桃の井」である。 この酒造の記念館も堺町二条、つまり大の自宅と同じ地域にあって、地ビールの仕込み水として使われていた。 一般人でも年会費を払えば汲めるようになっていて、大は最近、この水を仕事終わりの夜に小さなタンクに汲んで冷蔵庫に入れ、朝、こうして目覚めの日課として飲むようになっている。 元々は、梨木神社の染井から汲もうと思っていたのだが、母親から、 「井戸水やったら、そこの記念館にも湧いてるやんか」 と教えてもらい、結果、自宅の目と鼻の先ということもあって、こちらで汲む事にしたのである。
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