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「ジャリンコ、時間だぞ」
閉店ちかく、私は掃除を始める、平日はいつもそう、お客が帰り始めた頃、空いたスタジオへと入るのだ、常連客とすれ違う。
「こんばんは」
「知佳ちゃん、これから?」
「うん」
「がんばってね」
「ありがと、バイバイ」
次々と出てくる人の波
この間録音をした二つ目のバンドのボーカル柿田さんに腕を掴まれた。
「知佳ちゃん!また頼めないかな、今度はさ、違うメンバーとなんだ」
「へー、浮気性ですね」
メジャーへのチャンス、メンバーには悪いが、本腰を入れたい、もう遊びでは考えられない。
「知佳ちゃん!俺と組む気ない?」
「柿田、それは、俺が許さないな」
スーツを着た客が脇を通った私は軽く頭を下げた。その後ろからやってくる叔父。
「こいつの事はお前もよく知ってるだろ、どうしてもって言うんなら、一年待て、それが出来ないんだったら、あきらめるんだな」
「・・・」
「チャンスなんだろ、自分で潰すようなことはするな、知佳に頼らなくてもいいようにしなきゃな」
「わかってます」
叔父は知り合いのライブハウスへ行ってみろと言った。行く価値はあるはずだと。
「ありがとうございます、知佳ちゃん、ごめん、ありがとう」
「柿田さん、がんばってくださいね」
バイバイと手を振る。向こうも返してくれた。
「さあ、始めるか」
叔父の後をついてブースの中に入った。
―なんか、秋山さんてすごい人ですね
―そうだな、バンド連中からは神と呼ばれた人だからな
時間通りに、言われるままに来た、高原の横で今のやり取りを聞いていた。案内され録音ブースの中に入る。
「ここ座って」ソファーに座る。
高原は、機械のスイッチを入れ始める。
中の声が聞こえる。
「すぐにできるか?」
「はい、よろしくお願いします」
オーナーは知佳を置いて外へと出た。
「いらっしゃい、約束通り来たね、じゃあ、知佳が今打ち込んでいることを見せてあげる」
窓から中をのぞき見る、女が一人、ギターを抱えて弾きはじめた。
ポロローン
なに!
知佳は集中している、もう何も聞こえない、何も目に入ってこない。
俺は、何かにつかまっていなければたっていられないほどの衝撃を感じた。鳥肌が立つ、寒気のような、ゾクゾクとした感じが足元から頭へと抜ける。
クラシック、音楽の時間なんてつまらなくて今までちゃんと聞いてこなかった、後悔する、聞いたことのある曲、くそっ、こんな時、何で出てこないんだ。
「原君、知佳はね、ギターで食べていきたいんだ。でもこの国じゃそれはできない、海外に行かないとね、そしてあいつは、今年に賭けている、最後のチャンス、だから俺たちは応援してる、それだけなんだ」
五曲の演奏が終わった。窓を見あげる彼女は立ち上がるとドアを勢い良く開けた。
「どうして‼?」
「知佳、ごめんな、俺が呼んだんだ」
「なあ、山田、こんなにかっこいいのに、何でいじめられたんだ?」
思い出したくもない過去、ここで話しても何もならない、目線をそらした。
―今日はここまでにしよう、事務所でお茶でもどうだい
事務所へと入る。コーヒーのコポコポという音と香りだけが漂う。口を開けたのは知佳だった。
「……今日、川上君に何話したの?」
いじめの事を聞こうとした、でもあいつは何も知らないと帰ってしまった。
知佳は過去の話をし始めた。
いじめ、不登校、そして事件。
「同じ苗字ってだけでよ~、調べもしねえで、結局、警察沙汰になっちまった、あゆみちゃんはいい子でさ、こいつが不登校になってからは川上と二人で来てよく勉強してたんだよな」
「じゃあ、今の二年生に三人しかいないのは?」
中学の先生方がいろいろ手を回した?でもそっれって信用が無きゃできねえよな。
「でもなんでそんなことになったんですか?」
「・・・嫉妬だったんだ」
「ここに出入りしてるバンドの追っかけ、それがクラスも巻き込んだ、こいつには何の関係もねえ」
「それだけで?」
何が言いてえ、高原の鋭い目が原君を睨んだ。
「いえ、それだけなら・・・」
「わかってくれたかい?」
「はい、でも、何で秘密なんですか?こんな事、どこかから漏れて」
それは有り得ない、学校にも内緒でしてるアルバイト、だけど、それ以外の事は、知佳は謝り始めた。
「ごめんなさい、私のわがままのために、みんなを苦しませている、私はちゃんと逃げ場を作るような卑怯なまねをしてる、もし、今このチャンスをものにできなかったとき、高三の一年間で、進路を決めようなんて、甘いんだよね、迷惑ばっかりかけて」
俺はそれでいいと思うよ、オーナーは俺のこんな性格をわかってここで働かせてくれている、お前なんかまだジャリだこれからどんだけの人に踏まれて生きていかなきゃいけないのに、今から心配してどうすんだよ。
「キヨの言う通りだ」
俺や、お前の母ちゃんは、お前達をちゃんと大人へ導かなきゃなんない、お前らはちゃんと道を見つけてそれに進んでる、それだけで、家族はうれしいのさ、だから手を差し伸べる。
「私たちは、知佳ちゃんやあゆみちゃん、川上君たちを守る義務がある!」
さよ子さんが事務所へ入ってきた。
「原君、君、彼女いるでしょ?」
「・・・はあ、まあ」
「知佳ちゃんに近寄らないで!」
「何言ってんだ、お前」
女は陰険で陰湿な生き物、俺の軽率な行動や言葉で女は簡単に動く、いい男はそれをわからない。
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