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音を操れる力がほしい、いつまでも弾ける時間がほしい、人より秀でたテクニックがほしい。
お願い、もっと、もっと、もっと!
練習しなきゃ!
目が覚めた、自分の声で起きた。目を時計にやった、五時、起きるか。
休日の朝、バスの席はがら空き、こんな日はギターケースを邪魔にされない、二人掛けに座り荷物を置く。
今晩からは店に置きっぱなしになる。別に持って帰らなくてもいいっちゃそれまでだけど指が触れるだけでなんか安心していられるんだよな。
誰もいない店、隣の音楽教室から静かに玄関にカギを差し込み入る、店と自宅はつながっている、いろんなものが置かれた廊下を通りぬけ、店の玄関へ、内側からシャッターのカギを開けスタジオへ入る。スタジオの重いドアが閉まると耳が圧迫される。ここは、本格的な録音もできるスタジオ録音ブースだ、叔父のこだわりがいっぱい詰まったこの部屋の防音設備は外に少しも音が漏れることはない。
今は簡単にレーベルを作って自主作品で音楽を出せる時代、叔父はそんな若い子たちの力にもなる、今日は録音をするバンドが二つ予約している、そうなると、叔父は付きっきりになるので、私かキヨ君がスタジオの管理をすることになる、管理と言っても、接客と掃除、例外もたまにあるのだが・・・
ドアが開いた、もう体は出来上がっていて、開いたドアから入って来た風が涼しく感じた。
「おはよう、ん?今日は音が違うな」
「(やっぱり気付かれた。)ごめんなさい、音叉、どこかで落として、マシンでしてます」
「ちょっと、音上げよっか、すこしでいいぞ」
微妙な調節、気持ち弦を張る。
叔父は絶対音感の持ち主、音叉ほど音に厳しい、これが原因で歌手をやめた。
「いいだろ、合わせたら、弾いてくれ」
タオルで、汗をかいた腕や手を拭き、顔も拭いた。
息を吸い込む。
セビーリャやモーツアルトの変成曲など五曲続けて弾く。ウオーミングアップもかねている。
「コンクールの課題曲はこの五つの中から出る、問題は自由曲だ、去年の傾向からして大学の意向が大きいな、もしもの時は、大学の楽譜を借りてくる、だから、今は、この五つを自分のものにしろ」
「はい!」
感情移入、それだけで、少しのテンポが狂う、それが心地よいものに聞こえた時、審査に大きく左右された点数が出る、細かいことの注意点一曲ずつ力が入る。
楽譜はもうボロボロで、ただもう頭にすべて入っているから、ノートを用意してそれに書き込んである。
―オーナー、時間です
キヨ君の声がした。
「さてと、お仕事です、今日も頼んだぞ」
開店まで十分、外にはもう客が並んでいる。スタジオを借りに来ているバンドの人たちは時間が惜しい、廊下や階段、踊り場、混んでいるときは外でチューニングをして、スタジオに入るといきなり練習を始める、それくらい、大音量で練習できる場所がほしいのだ。
知佳ちゃん、お願いがあるんだ。後ろから声を掛けられた。小学校の時からしている手伝いバイト、だから馴染のバンドも多い。
「ハイハイ、ジャリンコは貸し出してませんよ」
きよ君がレジの準備を始める。
「キヨ君つれないな、ちょっとだけお願いします。ソロのとこ」
手を合わせおがむバンドのボーカルに一時間五百円くれたらやったげると冗談で言った。みんなカツカツ、学生だったり、バイトでスタジオ代稼いだりしている人がほとんどだ。
「お、オイ、そんな安請け合いしていいのか」
だから手伝うというとありがたがる。
「知佳ちゃん五百円てほんと?じゃあ俺ん所もお願いー」
「あーあ、俺知らねえぞ、柿田インディーズやめちゃえよ」
「だってさー、こんな時だけだぜギターのプロ使えるのってさ」
「何騒いでんだ!」
事務所から叔父が出てきた。Тシャツを着替えワイシャツ姿、袖をまくり上げ、肩まで伸びた長い髪をゴムで結びながら。
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