lesson.1

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二つのグループのリーダーが私を貸してほしいと頼む。ありがたいな、プロだって言ってくれた。 「あー?お前らな、ちゃんとまともなギター出来るやつ探せよ」 「だって、いまどきちゃんとできるのなんか少ないすよ、こいつらなんか、楽譜も読めないし」 その辺から笑いが起きる。 「柿田、そんなんじゃ、インディーズやっても芽なんか出ねえな、やめとけ、これ以上は趣味でやっとくんだな」 「そんなー」 「ハイハイ、元歌手が言うんだから、趣味の範囲にしてね」 廊下に響く笑い声。それでも借りたいと頼み込むバンドマンたち。 「仕方ねえな、料金上乗せしてやるからな」 「ありがとうございます、みんな行こう、知佳ちゃん、じゃあ、よろしくね」 叔父の方をチラリと見る。 ―行ってこい ヤッター思わず小さくガッツポーズ。 「スタジオ2空きました、予約の村井様どうぞ」 その声に振り返った。金髪のきれいな顔立ちの男子が目に入った。ゲッ、会いたくないのが目の前に現れた。 「き、昨日はありがとう」 「バイト?」 首を縦に振った、やばい、ふーんという声が聞こえた。昨日の人、3年生なんだ、バンドか、でもなんであいつ? 「知佳ちゃん早く、オーナーお願いします」 まずいな、楽器後で取りに来よっと。録音ブースに入る叔父の後ろをついてゆく、段取りをして、楽譜をもらう。ドアを開け見回す、あいつたちがいない、いまだ!エレキギターとフォークギターをキヨ君の後ろから待ってくる、これはお店のもの、ただで使わせてもらっている。 「2ついるのか?」 「うん、これでロックだって、面白そう」 「知佳ちゃん、俺らも入っていい?」 ドキン、違った、他のバンドが声をかけてきた。じゃましないのならと言って入ってもらう。二つに分かれた部屋、私は奥の部屋に入る。 ―じゃあ1回通して ドラムのスティックがカウントを取る。何回か聞いたことのある音楽、合わせるのは難しくなかった、エレキギターの子に合わせてソロを弾く、フォークギターに持ち替えて弾く、ボーカルと目があった、コーラスを入れる、サウンドが乗ってくる、気持ちいい! ジャ―ン、ジャン みんなが息をのむ、一瞬、すべての音が聞こえなくなった。 ガラスの向こう側で、大きな丸のサイン。ワッという歓声のような声が次々と襲ってくる。ほかのバンドも手を叩いているのが見えた。 「乗ってきた、このまま行こう、知佳ちゃん、お願いします」 こういわれた時は、アレンジしてくれと言われたと受け取る、好きに弾ける、一番ギターをやっててうれしい瞬間。ボーカルの子が合図をする。叔父がマイクで少し知恵を貸す。 「それじゃあ、行くよ!」 ドラムのスティックがカウントを取った大音量で歌う、その声に自分の声が重なる、ギターのソロ、思いっきり弦をピックではじく、快感とスタジオに響く大きなサウンドが背中をぞぞぞーっと走る。全身の毛が逆立つ、チキン肌なんてもんじゃない、音が、毛穴、細胞に突き刺さっていく感覚だ。 ボーカルが傍へ寄ってくる。聞こえる声に体から気持のいい汗が流れる。 エレキギターを始めたのは中学一年の時、お客さんが弦を張り替えているときに、切れた弦で指を切った。私はそれを張り替えてあげた。彼は私がギターを弾けることを知っていた、代わりに弾いてくれと頼まれた。何の気なしに代わりに弾いた、ギターとはまるっきり違うテクニックに私は、はまっていった。 そのバンドが来るとエレキギターを教わりに彼の元へと行った、ただ、ギターが弾きたかっただけ、そのバンドも彼にも興味なんかなかった。でも、そのバンドのファンや彼を好きになった人はそうと思わなかった。あの事件が起きるまでは・・・ ジャ―ン、ジャン 終わった、三曲の録音、叔父の反応は? 大きな丸、手を叩いている、それを見て喜び抱き合う仲間(バンド) 「俺らってなんか持ってるよな!」 ぶるぶるっと何かが震えた! そう、この言葉! 持ってる、持ってるとおだててやる。 ―あ、アー、ここまでね、うちの子には手を出さないように! 笑い声と、男の人たちの涙顔 「これだからやめられねーんだよなー!」 わかるような気がした、自分をさらけ出せる瞬間を私は知っている。たのしいと思える今がある、なんて幸せなんだろう。
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