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4. 蒼介
「んん……ん!?」
カーテンの隙間から漏れる光に唸りながら寝返りを打つと柔らかい何かにぶつかった。人だった。
「ぎゃあーっ!」
「うるさいなあ…」
不機嫌そうな声を出したその人は私を抱き枕のように扱う。驚きのあまり硬直するけど身の危険を感じて彼の胸を押し返す。
「だっ、だれ!」
「そっちこそ誰。人のベッドで勝手に寝てるくせに。」
「あ…そーちゃんさんですか?」
「そーちゃんです。」
「ごめんなさい。ミヤビさんにここを使う許可は頂いてたんですが…」
眠そうな目をした彼は体を少し起こして欠伸をする。
エキゾチックな顔立ちにバキバキに割れた腹筋…ぽってりとした唇がエロ…ハッ、何考えてるの私!
「ふうん、ミヤビの女?」
「違います。」
「じゃあ涼太?」
「…違うと思います。」
「じゃあなんでここにいんの。」
「私にも分かりません。」
「まあなんでもいいや。名前は?」
「夏です。」
「夏ちゃん意外とおっぱい大きいね。」
「変態ーっ!!!」
「うわあっ、」
彼を突き飛ばしてベッドから落とす。まさか触られた!?嘘、あり得ない。バスローブの胸元を両手でギュッと握って壁に後退る。
人のベッドで勝手に寝たのは本当に悪いと思ってるけど、でもそれはミヤビさんに言われたからであって…!
「いってえ…冗談だよ、ちょっと見えたからからかっただけ。」
「見たの!?」
「ちょっとだけだってば!だいたいそんな胸元ゆるゆるのバスローブ着てる方が悪い。」
「うう…もうやだ帰る!」
ベッドから飛び降りてドアを開けると誰かにぶつかった。
「おっと…あ、夏ちゃんおはよう。」
「お、おはようございます…」
「あー…察した。ごめんね。蒼介に何もされてない?」
「帰ります。お世話になりました。」
「夏ちゃん?…蒼介何したの。」
「何にもしてないってば!ちょっとからかっただけで…」
後ろでミヤビさんとそーちゃんさんのやりとりが聞こえるけど、一刻も早くここから脱出しなければならない。ここにいたら確実にあの3人のうちの誰かに食われる…!
洗濯が終わってるはずのバスルームの扉を開けると、腰にバスタオルを巻いた涼太が立っていた。
「きゃーっ!変態!」
「自分から人の裸見といて変態はないだろ。」
「ごめんなさい。」
濡れた髪をタオルで拭きながら欠伸をする涼太は私の横を通って自分の部屋へと戻っていった。
はあ…ほんと朝から何やってんの私。はやく着替えよう。しっかり鍵を閉めてから、洗濯済みの昨日と同じ服に着替えた。
「あ、あの、本当にご迷惑をおかけしました。お邪魔しました。さようなら。」
「夏ちゃん!」
リビングにいたミヤビさんとそーちゃんさんに勢いよくお辞儀し、バッグを引っ掴んで逃げるように部屋を出た。
エレベーターホールまでダッシュして▼のボタンを連打する。すぐに到着したそれに駆け込んで今度は閉を連打した。
ふう、と一息ついて壁に頭を預けて目を閉じる。本当に嵐のように一瞬で過ぎ去った2日間だった。
1階に着いて重い足取りで駅まで歩く。
彼らのことで頭がいっぱいで何にも考えられなくて、またイヤホンを耳に挿して公園で熱唱していた涼太の新曲を流す。
少しハスキーで、でも力強くて甘い歌声。私はこの声が大好きなんだ。
じわりと溢れ出した涙が目を覆って次第に地面にシミを作る。
なんで泣いてるの。ばか。
鼻をすすって手の甲で涙を拭う。意地っ張りのくせに心は正直だ。
これが愛情なのか、憧れからくるものなのか分からないけど、もう二度とあの距離で見つめ合うことも香りを感じることも、体温に触れることもない現実が苦しくてたまらない。
ずっと雲の上の存在だったのに、それで良かったのに、たった2日で私の心をさらに掻き回した彼は私のことなど忘れているだろう。
何か忘れ物でもしてくるんだった。口実を作れば彼に会いに行けるのに。ちゃんと全部持ってきてしまった。
「あ…」
辿り着いたのは涼太と初めて会った小さな公園。
並んで座っていたベンチの上ではあの子猫が陽の光を浴びながら眠っていた。
隣に腰掛けてもピクリともしない。あなた本当に野良なの?
「ねえハチどうしよう。もう涼太と会えなくなっちゃった。」
尻尾を揺らすだけで起きる気配はないハチ。こんな時に薄情ね。あなたは本当に餌だけもらえたらそれでいいのね。
ハチの隣に座って、ぐずっと鼻を鳴らして目を閉じる。
少女漫画だったらここで彼が追いかけてきてくれるはず。
…何を期待してるんだろ。
そもそも彼は私のことなどどうでもいいのだ。
朝、鉢合わせた時だって冷たい目をしていた。
まぶたを押し上げて容赦なく突き刺す太陽の光に顔を顰める。
「帰ろ。バイバイ、ハチ。」
ふわふわのおしりを撫でて立ち上がる。
せっかくの休日だ。無駄にするわけにはいかない。
私はきっと夢を見ていたの。長い長い無駄にリアルな夢を。
土曜日の朝は始まったばかりだ。
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