20. お局A

1/2
167人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ

20. お局A

嵐のような土日が終わりまた月曜日はやってくる。必然的に亮太とも顔を合わせるわけで… 1人モヤモヤしたまま出社するとエレベーターホールに周りより頭一つ分大きい人がいた。 なんとなくまだ会いたくなくて影に隠れて次のエレベーターを待つ。…何やってんだろ。 フロアに着けばもちろん彼の姿は目に入る。 「おはよう。」 「おはようございます。」 よし、今のおはようはすごく自然だった。会社の人達には私たちが付き合っていることは知られていない。 昔のように敬語で話すし、亮太さん、夏ちゃんと少しでも他人のふりをできることが心の救いとなっていた。 自分のデスクに着いて朝のコーヒーを飲みながらメールのチェックをしていると、手渡された書類と共に付箋が貼ってあった。 "今日は空いてる?" つまり家に来いということか。…さすがに家はまずいな、"跡"全然消えてないし。ため息をついて、ごめん今日は予定がある、と返事した。 仕事中は余計なことを考えないでいいから気持ちが楽だ。仕事内容は全っ然楽ではないけど。 「ちょっと夏さん、ここ間違ってる。前も同じ間違いしてたよね?」 「あ…すみません。すぐ訂正を、」 「もう私がやったからいいわ。」 ほんと、仕事増やさないでよねと嫌味っぽく大きな声で言うお局は、メガネをくいっと上げて自分の席に戻る。 ミスをしたのは私が悪いけどわざとみんなに聞こえるように言う必要は無いんじゃないの。 イライラしながらキーボードを操作するとミスが増える。負の循環に陥りそうになったところでだめだと思い席を立った。 リフレッシュルームで一人、エナジードリンクを一気飲みする。強い炭酸に鼻がツンとなる。涙目になりながらごくごく飲んでいたら、後ろからお疲れと声が聞こえた。 「亮太…」 「大丈夫?眉間にすごいシワ寄ってるけど。」 「ちょっと、色々限界が…」 「無理しないで。あの人には俺からも言っとくから。」 「ありがとう。」 優しい亮太はぽんぽんと私の頭を撫でて自席に戻っていった。その優しささえ今の私にとっては苦しみのうちの一つとなっている。 もういいか。十分頑張った。えらいぞ夏。 終わりにしよう全部。偽り続けるのも疲れちゃった。急に全てを手放してもいいと思えたことで少し心が軽くなった。 缶をぐしゃりと潰してゴミ箱へ放る。 せめて今の案件は完璧に仕上げて終わろうと、自分の席に戻って鬼の速さで仕事を片付けた。 時計を見ると23:43。 人がいなくなったフロアで1人、印刷し終えた退職願を綺麗に三つ折りにして封筒に入れる。 私物を全てバッグに放り込んで、ロッカーの中も綺麗にした。 「お世話になりました。」 大荷物を持って深くお辞儀をする。 遠くに見えるライトアップされた東京タワーはなんだかいつもより綺麗だった。 エレベーターで1階まで降りてビルの外に出る。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をした。 「終わった…」 マフラーに顔を埋めて1人ニヤニヤしながら駅に向かう。終わった。これで解放された。 皆さん、私会社辞めてきたんです。と謎の自慢を心の中でしながら歩く。我ながらすごいことしちゃったなあ。 退職願にはこれまで受けてきたお局の陰湿ないじめや残業が多すぎるなど愚痴をこれでもかと書いてきた。 私が抜けたってこの会社は変わらない。引き継ぎも完璧にファイルに残してきた。悔いはない。 とりあえず明日は死んだように寝よう。 といってもまだ月曜日か。最高だな。 電車の中でにやけすぎてふふっと漏れた声に、自分で驚いて咳払いする。 亮太にはなんて言おう。相談してくれたらよかったのに、と怒られそうだ。 それでも構わない。あなたとの関係も終わりにしたいと告げよう。随分身勝手だけど、私は私らしくいたい。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!