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「藍殿、この度はまことに、おめでとう存ずる」
前鬼さんがそう口にすると、一緒に後鬼さんも頭を下げてくれた。
「ありがとうございます」
「なんの。ありがとうはこちらのセリフだよ」
前鬼さんはカラカラ笑いながら言った。
「こちらのセリフって……なんでですか?」
私の問いに、前鬼さんと後鬼さんは互いに視線を交わしていた。言葉を慎重に選びながら、後鬼さんが語りだした。
「太郎坊様には……どこか破滅願望のようなものが見え隠れしていたものですから」
「破滅願望……?」
「あいつはこの千年の間、彼女に会うんだ、藍はすばらしい人だとそればかり言っていたよ。だがなぁ……」
「藍さんに会う日を心待ちにしている一方で、自分のことはおざなりになりがちでした。いえむしろ、いずれどこかで消え果ようとしているようにすら見えました」
その言葉が、今は理解できる。こちらが少しでも気を抜くと、太郎さんはすぐ自分を犠牲にしようとする。そういう選択肢を、軽々と選んでしまう。
それはたぶん、自分という存在を最も恐れているからだろう。天狗……この世の”災厄の種”と呼ばれる自分を。
「だから、藍殿がきちんと太郎を連れ帰ってくれて嬉しいんだ」
「どこかお顔つきも変わられましたしね」
そうなんだろうか。ちらっと、縁側で法起坊さんと何やら話し込んでいる太郎さんを見てみる。
「変わって……ますか?」
「まあ、そこはそれ……千年の付き合いならではの発見と言うところだろうな」
嬉しそうに、むふふ、と笑い合う前鬼さんと後鬼さんを見て、すごく……無性に、すごく、いいなぁと思った。
ああ、そうだ。こんな風にご夫婦仲良く、おおらかな空気を醸し出すお二人から大事な言葉を貰ったんだった。
「あの……お二人から言ってもらった言葉のおかげでもあるんでした。ありがとうございます」
「おや、何のことかな?」
「ずっと前……かくれんぼの時に言ってもらったことです。”まずは相手を受け入れること”って」
「そんなこと言ったかな?」
「言ったよ、あんたが」
前鬼さんは、たぶん何気なく語ったことなんだろう……本当に覚えてないらしく、首をひねっている。一応覚えていたらしい後鬼さんが、あの時のように優しく微笑んだ。
「藍さん、うちの人がお役に立てたようで嬉しいですよ」
「いえ……本当に、あの言葉のおかげなんです」
あの言葉が浮かんだおかげで、”山の記憶”を見た時も、天狗の心に触れた時も、あの力を取り込んだ時も……何度でも、あの虚しさと哀しみを受け入れようと思えた。受け入れて、そこから一緒に歩いていけると思えたんだった。
「本当に、そうやって受け入れて……いつまでも一緒にいられるようになりたいです」
「……藍さんなら、きっと私たち以上になれますよ」
「あっという間に、な」
それはどうかわからないけど。もう数えることも忘れてしまうぐらい永く一緒にいられる二人でありたいと、このお二人を見るたびに思う。
「しかしそうすると……お二人の子は天狗と人間の合いの子ということになりますね」
「き、気が早いです……!」
「早いもんか。俺たちなんぞ、子供どころか子孫がいるぞ?」
「そりゃ千年経ってたら……!」
「なになに? 何の話? 藍ちゃん顔真っ赤だけど」
いつの間にか真っ赤に……ひょこひょこやってきた瑠璃ちゃんの指摘で気付いた。
「太郎さんのことでからかわれてたんでしょ」
「いや、からかってないぞ? 今後のことをだな……」
「も、もういいですから!!」
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