終章 天狗様、帰還す

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「あ~……そういえば、僧正坊さんにも一応お世話になりました。アリガトウゴザイマス」 「なんだ、そのまったく謝意を感じない礼は」 「日頃の行いの差じゃね?」 「ここに来ては飲み騒いで太郎や暴力娘をこき使う結果を生み出している貴様よりは行いはいいはずだぞ、清光坊」  本当、この人は色んな人と慣れ合わないなぁ……。  だけど今日は働いてくれているというのは事実だ。実際、太郎さんも私も今日は皆の輪の中に入ってお話していて、普段ならしている台所との往復を一切していない。そういう役割が、今日はほとんど僧正坊さんに回っているのだ。またお母さんも遠慮なくこき使うし。  だけど不思議なことに、やる時はめちゃくちゃ積極的に働くのがこの人なのだ。ぶつくさ文句は言うけれど、しっかり部屋の状況に目配せして、お酒やお皿の交換・テーブルを拭き直すなどの仕事を何も言わずに素早く行なってくれる。  すごく助かるのだ。ぶつくさ言いながら、だけど。 「僧正坊さん」 「なんだ? 見てわかるだろう、忙しいんだ」 「……ありがとうございます」 「……はぁ?」  お望み通り……いや、改めてこの人に受けた恩を思い返してお礼を述べると、眉をひそめて訳わからんという顔をされた。いったいどうして欲しいのか……。 「なんだ、いきなり? 悪いものでも食べたのか?」 「お母さんが作ったんですよ。そんなわけないでしょーが」 「じゃあなんだ? 気味が悪い」 「……もういいです」  慣れ合えないな、この人とは……。 「まぁ……礼を言う気があるなら、これからは私の弁当にトマトを入れないようにしろ」 「……は?」  今度は私がそう言う番だった。意味が分からない。  けれど僧正坊さんは、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。どういうつもりで言ったのか、表情が見えない。 「あの、トマトとは?」 「トマトが入っている以外は、文句はないからな」  ぶっきらぼうにそう言い放つと、ささっと私たちの周りの空のお皿を拾い集めて、こっちも見ずに立ち上がった。 「それさえ守れば、まぁ……祝ってやらなくもない」  それだけぼそっと呟くと、今度こそどすどす音を立てながら居間を出て行ってしまった。  なんだったの……? 「ああいうのを、ツンデレって言うんだなぁ……」  セイさんがしみじみと、でも半分面白がってる声で呟いた。 「セイ、それ絶対に言ってはいけませんよ」 「怒り狂うだろうな」 「……それはそれで面白そうだけどな」 「……やめてください。家が潰れます」  少し前には色々あったし、その後も決して仲良くはできてないけれど、それでもいざと言う時は力になってくれた。私が頼む前に、手を差し伸べてくれたんだった。  あの人も、やっぱり護法天狗の頭領なんだ。困っている人間を助けてくれる、立派な天狗様なんだ。  まぁ、その立派な天狗様を、うちのお母さんはここぞとばかりにこき使いまくっているわけなんだけども……。
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