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「……僕にとっても、そうなんでしょうか。あの時、あの男を殺してしまわなかったことが、これからの幸運に繋がると?」
「儂が思うに、お前さんが過去で賀茂忠行を殺してしまっていれば、今頃お前さんは藍と一緒にはいられないと思っただろうよ。そうなれば、お前さんも藍も不幸になるんじゃないか?」
「……そうかもしれません」
「いずれにせよ、お前さんがその瞬間殺そうとしたのは怒りという感情に突き動かされてのことだと思うぞ。ただの憤りで、護法天狗が人を殺めるなど、あってはならんことだ。たとえ相手がどんな外道であってもな」
「……はい」
あの時、我を忘れかけていた。この男を生かしてはおけない……そう思ってしまった。藍の声が聞こえなければ、きっと言葉も何もなく、瞬時に手を下していただろう。
それが、ただただひたすら情けなくてたまらない。帰ってきてから、ずっとその思いに苛まれてきた。
俯き加減のままの太郎に、バシンッと大きな衝撃が走った。法起坊の大きな手が、太郎の肩をはたいていた。
「しっかりせいよ。お前さんはこれから、何があっても藍を守らねばならんのだからな」
「……はい」
「あの子は、あの小さな体に姫と同等の力と、あの強力な陰陽師であった賀茂忠行の力を秘めていた。その上、大陸で”災厄の獣”と恐れられたお前さんの力までも取り込んだんだ。今後、何が起こるか想像もつかん。儂らも目を離さんようにはするが……誰よりも、お前さんが傍についているんだぞ」
「……はい!」
自分が生涯恐れ続けていくと思っていたあの力を、藍は事も無げに受け入れた。受け入れた上で、自分に向けて手を差し伸べてくれた。あの清らかな手を、自分はどうやってとればいいのか。
今も、答えは出ない。今はただ、傍にいるしかないのだ。
「僕が……僕が必ず守るよ、藍……!」
「……では、俺のお役目はここまでということですね」
太郎の小さな呟きを聞き届けたように、静かな足音が近づいてきた。
「……治朗」
振り返れば、治朗が立っていた。何か振り切ったような、割り切ったような、すっきりした笑みを浮かべて。
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