終章 天狗様、帰還す

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 あの日と同じ月が上っている。真っ暗な闇を銀色に染める月が。  あの日と同じ声が聞こえる。皆が楽しそうに騒ぐ声が。  そんな喧騒から少し離れて、銀色の月明かりさす縁側で、太郎さんと私は並んで座っていた。私たちが時を越えて訪れた最後のあの日の私たちと同じように。  ひとつ違うのは、あの日の私たち……若き日の天星坊と藍姫は、互いに信頼しあい、固い友情で結ばれていたこと。  今の太郎さんと私は…… 「”恋人同士”だよね!」  すっごく浮かれた表情で言う”恋人”太郎さん……。間違いではないんだけど……もうちょっとムードとか、雰囲気とか、甘い空気とか……出ないかな。 「全部似たようなものでしょ。ついでに言えば、今、甘くないの?」  太郎さんは、ここぞとばかりに互いに繋いだ手と手を持ち上げて強調してきた。 「その言い方によって甘くなくなってる気がします……」 「え、なんで?」  大発見だ。お互いに好きで、手をつないで、並んで座って見つめあっていても、片方がこうも浮かれすぎているとまったく恋人らしい空気にならないんだな……。  さっき治朗くんに一本取られたことが相当悔しかったみたいで、さっさと治朗くんたちを追い払って私を呼び寄せると、手をつないでここに陣取ってしまった。まだ話し足りない気もするんだけどなぁ……。 「や、やっぱり……向こうに行きたい? 治朗の方がいい?」 「……はぁ!?」  いきなり何言い出すんだ、この人?  というか……私の初恋が治朗くんだって知ってたのか?  知って……いたんだろうなぁ。だって今、ものすっごく泣きそうな顔で私を見ている。もしかして、本気で私が治朗くんの方に傾くかもしれないなんて思ってるんだろうか……。 「あのね、太郎さん……今さら治朗くんに傾く程度の気持ちなら、あんな危険に飛び込んで行ったりしませんよ。あの時、太郎さんも私も本当に命の危機だったんですから」 「そうだけど……そうだけど……スキー選手とかは選手同士、山での合宿中付き合って、山から下りたら別れるって言うし……」 「何の話ですか、それ?」  なぜいきなりスキー選手が出てくる……?  ああ、そうか。太郎さんは今、私のことで焦って空回りしてポンコツと化しているんだ。三郎さんが言ってた状態だな。  私が呆れてため息をつくと、太郎さんはさらに慌てふためきだした。 「だ、だって……藍、なんか帰ってきてから元気ないから」 「え、元気ですよ?」 「うん、体はね。今朝もご飯2回もお替りしてたし」  いらんこと覚えてなくていいのに……そして口にしないで欲しい……! 「でも……なんだか無理してない? 皆がおかえりって言って喜んでくれるから、それに対して笑ってないといけないって思ってない?」 「!」  この人は……細かいことまで、お見通しなんだ……。 「あ、はは……バレちゃったか」 「わかるよ。だって僕も、気にかかっているから」  私の苦笑いから目を逸らすように、太郎さんは視線を落とした。手元には空の盃。それを静かに縁側に置いて、太郎さんは再び夜空を照らす月を見上げた。  なんとなくわかった。太郎さんは、あの日のことを思い返しているんだ。  藍姫と最後に酒を交わした、あの日のことを――
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