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こぼれ話 ~霧、晴れるとき~
――水咲 瑠璃
可愛らしい名前。名前だけは、可愛らしい。
だけど見た目も中身も地味で、引っ込み思案で、暗くて、瑠璃なんて宝石の名前とは釣り合わないとずっと思ってきた。
私はずっと、自分はいらない子なんだと思っていた。
お母さんは、私が中学に入ったあたりから遠方の仕事に積極的に出向くようになって、家を空けることが多くなった。帰ってきても、なんだか疲れた様子で寝ていて、私が学校に行っている間にまた仕事に出かけてしまう……そんな日がもう数年続いていた。
それでも小さい頃は一緒にいてくれた。だけど、その頃からやっぱり何か欠けていた。同じクラスの子たちにはあって、私にないもの。
――お父さん
一度、お母さんに聞いてみたことがあった。
『どうしてうちには、お父さんがいないの?』
すると母は答えた。
『必要ないからよ』
お母さんは、すごくつっけんどんに言った。意味が分からなくて問いただしたかったけど、お母さんの顔がどんどん険しくなっていくのが怖くて、それ以上は訊けなかった。
きっと、お母さんが強いからだ。お母さんが、お父さんもやるんだ。そう自分で自分を納得させようとしていた。
だけどある時――帰り道で遭遇したあやかしが、私の姿を見て言った。
『オ前――狐ノ匂イガスル。オ前ガ、アノ狐ノ、娘カ』
それだけ言って、消えた。
あやかしの言うことなんて真に受けてはいけない。人を惑わそうとしているだけなんだから、聞いてはいけない。そう言われてきたのに、何故かその言葉だけは、耳について離れなかった。
だから、これだけは答えてほしいと、訊ねた。すると母は答えてくれた。
私は、母と妖狐を束ねる長である天狐との間に産まれた娘だと。人に危害を加えるあやかしではないとはいえ、一緒には暮らせないと思って父の元を離れた事、その時に渡された父の元へと通じる腕輪のこと――。
それを聞いて、驚きよりも納得したという方が合っている気がする。自分がどうしてあやかしに声をかけられるのか、どうして父親が傍にいないのか、どうして自分は他人とうまくやっていけないのか……理由は簡単。私は、半分人間じゃなかったからなんだ。
だから、なのかな。その話をしてから、お母さんとの距離も、どんどん開いて行ってしまった気がする。もう何年も、すれ違ってばかりだ。
何もかも、うまくいかない。
そう思っていたら、私の目の前にあの人が現れた。
私に、あやかしから身を守る術を教えてくれた人が。
つい浮かれて思ってもない事を考えてもない口調で言っちゃったら、滅茶苦茶怒られて……ついたあだ名が「バカ娘」。自業自得過ぎて涙も出ない。
だけどそれがきっかけで、また話ができるようになって、最初は羨んでいたけれど藍ちゃんとも仲良くなれて……そして、お父さんに会う事が出来た。
小さな頃から10年以上ずっと悩んでモヤモヤしていたことが、この数か月で一気に吹き飛んだ。一瞬にして、霧が晴れるように。
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