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こぼれ話 ~天狗たちの与太話~
藍たちの祝勝会(?)にて、主役の藍が思いのほか早く陥落し、太郎は母優子の命で藍を部屋まで連れていくことになり、客間を去った。
夜も更け、瑠璃は家へと帰り、客間に残されたのは大天狗たちだけとなっていた。
これはそんな大天狗たちの、とりとめないお喋りの一場面である。
「しっかし……結局太郎に落ち着くとはな~」
「お嬢のことか?」
「確かに……最初は寄るな触るなと毛虫のような扱いでしたね」
「まぁ太郎の歩み寄り方が、初対面の年頃のおなごに対するものとしてはあまりにも受け入れがたいものだったからな」
「一言で言おうぜ。キモいって」
「なっ……キモいなどと! 兄者は千年の距離を縮めようと必死に……!」
「必死に間違い続けてりゃ世話ねーよ」
「まぁ面白かったけどな」
「ただなぁ……俺としてはもうちょい長引いてほしかったかなぁ」
「なんだと?」
「いや、藍ちゃんを追いかけて青ざめてる太郎の姿をもうちょっと観察……じゃなくて見守りたかったなぁって……」
「趣味が悪いですよ、セイ」
「だってさ~太郎があんなに取り乱してるところ見るのなんて、藍ちゃんに会ってからだろ。それより前にあんな、あわあわ言ってるところ、誰か見たか?」
「……ないな」
「ありませんね」
「ねぇな」
「実は俺も……」
「だろ? 恋って人を変えるんだなぁ。そう思ったらさ、もうちょっと振り回されてるところ見たくならねぇ?」
「どっちかって言うと、お嬢の方が太郎に振り回されてたけどな」
「……それは確かにそうかもしれん」
「……君たち……なんの話をしているんだい?」
「おう僧正坊! あの二人が意外と早くくっついたなって話」
「はぁ……それで? あの二人がああなったのが、何か不服なのかい?」
「不服ではなく、あのお二人にやきもきするのも、実は少し楽しかった……というお話ですよ」
「趣味が悪いね」
「ほら、僧正坊までこう言ってますよ」
「まぁ、気持ちがわからんでもないがな」
「三郎、お前も悪趣味だな」
「違う違う! 以前お嬢と話した時に、太郎のことむちゃくちゃ尊敬してる、すごい人だって聞いてな……驚かされたからよ。ああいう驚きがあるのは、たまにはいいもんだと思ってな」
「確かに……小さいころから藍は思ったことと口に出ることがほぼ同時のことが多かったからな。口には出さずとも顔には出ていたし、まぁ可笑しいことも多かった」
「あの暴力娘、昔からああだったのか。うるさくてかなわん」
「しかし、藍が兄者にそのような敬意を抱いていたとは……俺たちも気づかなかったぞ」
「そりゃ、そういうことは隠そうと必死だったからじゃねえか?」
「隠す? なぜ?」
「お前も鈍いなぁ……お嬢は強そうで豪快そうだが、ホントのところはけっこう純情だろ。たとえ無自覚でも、恋心は隠そうとするんじゃねえか?」
「そういうものか」
「父親代わりがこんな朴念仁なら、それは娘も朴念仁になるわけだ」
「なんだと!」
「まぁ、太郎に隙を見せたくないという気持ちもあったかもしれんがな」
「ああ、それはありそうですね」
「確かに……藍ちゃんがちょっとでもそんなそぶりを見せたらマッハですり寄ってきそうじゃね?『藍、僕のことそんなふうに思っててくれたの!? うれしいよ! 藍がそばにいてくれたら、僕お仕事もっともっと頑張れるよ! これから徹夜仕事なんだけど一緒にいてくれる!?』とか言いそうだよな」
「…………言いそうだ……!」
「治朗が認めましたね」
「じゃあ言うんじゃね?」
「藍も、太郎の勤勉なところを尊敬しているだけに、”仕事”を持ち出されると押しに弱くなるしな」
「……このことは、太郎には秘密にしておきましょう」
「そうだな」
「まぁ驚かされたが、俺はお嬢にとって、それがかえって良かったんじゃないかと思うな」
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