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「なぜそう思うんだい?」
「太郎に寄り添うのは、ただの娘ではダメだからだよ。ただ優しい、ただ力が強い、ただ恋しい……それだけじゃダメだ。太郎のことを理解して、内から支える覚悟がいる。そのためには、あいつの苦悩も苦労も、抱えているものも受け入れてやらなければいけない。お嬢は、自分にそれができる自信がないと思って二の足を踏んでいた。正直、ああこの娘がふさわしいって、直感で思ったよ」
「なるほど……いくら相手が藍さんといえど、山の記憶をただの人間に見せるなど、荒療治をするものだと思いましたが……」
「三郎は三郎なりに、逃すまいと思ったというわけか」
「ああ。あのままなるがままに任せていたら、間違いなくお嬢は何もわからないまま勝手に身を引いてただろうからな」
「太郎が追い求めていたのが藍姫ではなく、藍だったと知らず……か」
「三郎……グッジョブ!」
「……お前が言うとなんか軽いな……」
「まぁ三郎のおかげというのは同感です」
「ああ、俺たちではそこまで決断できなかっただろう」
「三郎……兄者と藍に代わって、礼を言う」
「よせよ、気色悪い。目の前で『私なんか、太郎さんにふさわしくないです……』なんて言われてみろ。誰だって手を貸したくなるだろ」
「私は思わないがね」
「またまた……僧正坊はツンデレだよなぁ。聞いたぞ~二人が気まずくなった時デートの約束とりつけてやろうとしたんだって?」
「あれはあの娘の思念がうるさすぎたからだ」
「うるさいなら……自分が外へ行けばよかっただけでは?」
「24時間あの騒音が聞こえるんだぞ。夜はどうする。私にホームレスになれと言うつもりか」
「あ~ハイハイ、わかりましたよ~結局なんだかんだ面倒見いいんですね~」
「だから違うと……!」
「はぁ……つくづく俺は、何の役にも立っていない……!」
「治朗、何落ち込んでんの?」
「俺が二人のためにしたことと言ったら……兄者を投げ飛ばす藍を叱りつけたり、平均点以下の点数をとった藍を叱りつけたり、こっちの気も知らずに時のはざまに飛び込もうとするところを叱りつけたり……」
「叱ってばっかだな」
「振り返ってみると、完全にお父さんですね。それも昭和風の」
「しかし……治朗の厳格な教育があったからこそ、藍はあのような潔く強靭な精神の娘になったのではないか? でなければ、いくら何でも二度と戻ってこれないかもしれぬ迷宮に飛び込む決心などできんだろう」
「あとはまぁ……体育祭で大活躍していたな」
「あの時も……俺が厳しく追及したから、かえって傷を隠して、競技前に足を傷めていると気づくことができなかった……」
「どうしちゃったわけよ、治朗? なにそんなに萎れちゃってんの~? らしくないぜ~」
「気にすんなって。これはこれで、娘をとられたお父さんの心境なんだろ」
「まぁそうかもな。藍ちゃん、ずっと治朗くん治朗くんて言ってたもんな」
「いつの間にやら太郎さん太郎さん……めでたいではないですか」
「ああ、めでたいが……そのめでたい経緯に俺は何も役立っていない……!」
「だから……今の藍があるのはお前のおかげなんだと言っているだろうが。しっかりせんか」
「そんな自負は持てん……」
「めんどくさいな。もういいって、藍ちゃんが起きてからなんか言ってもらおうぜ」
「ああ、それがいいですね」
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