序章 天狗様、再び

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「そうだそうだ~。今日ぐらいは料理や酒運ぶのは他の奴に任せちまえ~。治朗とか、もう一人の居候とか……ヒヒヒ」  セイさんが意地悪そうに笑って視線を向けた先にいるのは……鞍馬山僧正坊(くらまやまそうじょうぼう)さん。 「…………私のことを言っているのかい?」  部屋の隅から、めちゃくちゃ不機嫌そうにこちらを睨む美男子がいる。  この方も日本を代表する八大天狗の一人で、まぁうちの”常連”の一人だったんだけど、ひと悶着ありまして……  詳しくは控えるけれど、まぁ私や私のお母さんに呪いをかけて、その余波で天狗仲間の太郎さんまで死なせかけるという大失態を犯した人だ。  その後、鞍馬山に強制送還して、お山を守護する三尊に処分をお任せしたところ、『やらかしたことは自分の身をもって償え』と言われたらしく……こうして我が家に居候することになりました。”下働き”として。 「ちょっと待て! 上の説明、足りてないだろう! 確かにみんな死なせかけたが、その分君は、”正当防衛”と称して私のことをそれはそれは酷い目に遭わせてくれたじゃ……!」 「え、何か言いました?」 「ぐ、ぬぬぬっ…………!」  ニッコリ笑って拳をボキッと鳴らすと、僧正坊さんは黙ってしまった。  随分態度のでかい下働きだこと……。  そんな僧正坊さんの頭を、後ろからひっぱたく人がいた。 「ぐだぐだ言うな。さっさと酒を取りに行くぞ、僧正坊」 「な、なにをする治朗坊!」  そんなことをやっちゃうのは、同じく大天狗だけど、まだ”次期頭領”である比良山治朗坊(ひらざんじろうぼう)。小さい頃からこの家で一緒に過ごした幼なじみで、よくわからない体育会系理論で私を鍛え上げた鬼教官でもある。堅物で、超厳しいのです。 「放せ、治朗坊! なぜこの私が給仕など……!」 「早く自由の身に戻りたいなら、母御前や藍の役に立つことだな。言っておくが、母御前は俺以上に審査が厳しいぞ」  治朗くんがそう言って一睨みすると、僧正坊さんは黙った……。  個人的にも反りが合わなかったところに、治朗くんにとっては誰より慕う『兄者』を殺しかけたのだ。許しがたいという言葉を超えているだろう。僧正坊さんの下働き処分が決定してからこっち、ずーーーっと、刺々しいのだ。   治朗くんが、大人しくなった僧正坊さんを引きずって客間を出ようとした丁度その時に、襖が開いた。  そこには、幽霊みたいな人が立っていた。  ボサボサの黒髪、黒いTシャツに黒ズボン、猫背のせいで実際よりも身長が低く見えて、相手を下から見上げる癖が出来上がった、黒いオーラを発する人……じゃない”天狗”が……。 「君たち、うるさいんだけど……」
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