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地獄から舞い戻ったように恨みがましい視線を他の大天狗様たちに向けたその人は、その人こそ……
「よう太郎! 調子どう?」
調子いいわけないって分かり切っているのに、そんなこと聞かないでほしい……!
恐れ知らずなことを言ったセイさんをじろりと睨んで竦ませたこの人こそ、九億四万の天狗を率いるとも、日本の天狗たちの総大将とも言われる存在――愛宕山太郎坊……の”次期頭領”。
聞こえてくる立場は立派なんだけれども……ことの発端、いや諸悪の根源はこの人と言っても過言ではない。
そもそもこの人が、私のことを前世からの許嫁と呼んで現れたことからすべてが始まったんだ。いや、私が生まれる前から色々根回ししていたみたいだから、正確にはもっと前からだけど……。
なんでも、『藍姫』というとても強い陰陽師の姫君と将来を誓い合っていたけれど、悲恋の末に彼女は太郎さんの天狗としての力をほぼすべて封印して、命を落としたのだそうだ。
悲しみに暮れる太郎さんは、いずれ生まれ来る彼女の魂を受け継いだ生まれ変わりを求めて、1000年の間待ち続けたのだとか。そして……やっと産まれてきた姫の生まれ変わりが、私なのだと、嬉々として語っていた。
そんなこと言われたって信じられるはずはないのだけど……
ただ、その前世の姫の力の影響か、私は昔から他の人には見えない不可思議な存在・あやかしたちに狙われ、何度も襲われたり喰われそうになったり、危険な目に遭ってきた。
そういう時のために、治朗くんを護衛に付けてくれた人こそ、太郎さんだ。私のもとに現れてからは。彼自身も何度も私の危機を救ってくれている。
だからまぁ……迷惑もしてるけど、それよりちょっとプラスぐらいで、感謝もしている。
笑い方がちょっと気色悪いことと、放っておいたらトイレまで着いてきちゃう悪癖さえ目を瞑れば(瞑れないけど)、冷静だし物知りだし、頼りになるんだけどな……。
だから初めて会った時よりは、最近は落ち着いて話せるようになってきている……と思う。
「まあまあ……うるさくしてごめんなさい」
どうも本気でうるさがっているみたいだから、さすがに申し訳なくて謝ると、太郎さんはくるんとこっちを向いた。そして……
「謝る事なんてないよ! 藍が頑張って結果を出したのは喜ばしいんだから! ていうか、僕も嬉しいよ!」
ニコニコ……というかニタニタしながら近づいて手を握ろうとしてくる。さらっとかわして、引きつりながらも笑顔を向けたら、やっぱりなんか嬉しそうな顔をした。
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……やっぱり、太郎さんは勉強中だし……」
「気にしないで。本当なら僕も加わりたいんだけど……藍は目いっぱい喜んだらいいんだよ!」
私にだけ、そこまで甘くなられても複雑なんですが……。
「しっかしあれだけ大騒ぎした中間試験も、意外な結末だったよな~」
その言葉に、不穏な空気を感じたのは私だけではなかった。
その場の全員が、喋りだしたセイさんを止めようと思ったものの――遅かった。
「まさか……太郎だけ、追試になるなんてな~」
空気が凍った。
誰一人、太郎さんを直視できなかった。
これが、今回の物語の幕開けだったのです……。
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