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第二話 天狗様、渇望す
週末の山南家。
今日も今日とて、日が落ち始めたあたりからこの家には日本を代表する大天狗たちがわらわらと集結する。石鎚山法起坊に大峰山前鬼坊、彦山豊前坊に飯綱三郎、白峰相模坊、伯耆大山清光坊……もとより居候している比良山治坊と鞍馬山僧正坊も含め、全員が集結していた。
と言って、何をするでもない。ただ酒を酌み交わすだけだ。
山南家には、広い敷地とその半分以上を占めると思われるだだっ広い庭がある。その中央に座す松はどっしりと根を張り、百年の時を経てもなお逞しく枝葉を伸ばしている。
青々とした空に、逞しい幹と枝そして若々しい葉が、実に映える。
さらに時がたてば、茜指す入日を眺め、空の色が曖昧に変わる様を見つめ、藍色に塗りこめられた空に月と星が点々と煌めく様を拝む。そこに藍やその母の優子の温かな手料理が並び、ついでに丁度いい具合に温められた酒をひっかける。
これ以上の至福があろうか。
この家で、この風景を臨み、この料理と酒をたしなむのが、彼ら大天狗たちの最近の楽しみになっていた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と、そんなみんなが陽気に過ごすはずの客間に、それはそれは大きく長いため息が、響いた。本当に、全員の耳に届くくらいに、響いたのだ。
その場の全員が、盃を傾ける手を止めた。無視して飲み続けたら絶対に面倒なことになるとわかっていたからだ。
天狗たちは、互いに視線を交わし合い、誰がその”役目”を引き受けるか、視線で相談し合った。
一番の年長者か? 付き合いの長い者か? お調子者か? 温厚な人徳者か? 寡黙で誠実な者か? 既婚者か?
様々押し付け合――もとい議論した結果、一番話しやすかろうという見解で、三郎に白羽の矢が立った。三郎はなんとか面倒そうな表情を噛み殺して、ため息の主――太郎に近づいて、その言葉を言った。
「太郎、どうかしたか?」
「なんだ、三郎か……」
太郎はちらりと近寄ってきた人物の顔を見て、残念そうに呟いた。振り上げそうになった拳を何とかとどめて、三郎はさらに聞いた。
「なんだ。元気ないな」
「ちょっと……色々あって……」
「あ~……色々ってなんだ?」
「色々は……色々だよ」
放っておいてと言いたげな言葉ではあるが、この太郎と付き合いの長い長い彼らはよく知っていた。絶対、放っておいたら後が怖いと……。
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