憂鬱とシフォンケーキ

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 駅ナカのコーヒーショップに入って、二人並んで席をとった。  私は新作のフラペチーノ、春臣くんはブラックコーヒーだ。  遠慮してストレートティーにしようとしたのを、春臣くんが「痛みなんて甘いの飲めば治る、千咲の場合は」などと言って勝手に変えてしまった。正直ありがたい。 「わかりやすいやつ」  にこにこ顔でホイップを混ぜる私を見て、春臣くんが笑う。そういう彼もいつになく機嫌がよかった。 「ブラック飲めるんだね」 「うん。家でコーヒー禁止だからさ。こういう時じゃないと飲めない」  確かにいつも出されるのは麦茶だった。 「冬はほうじ茶になると思うよ」との言葉に、それもいいなあなんて思う。だったらお茶請けは和菓子がいいななどと図々しいことを考えつつ。  それより私、クビになってなきゃいいけど。  あ、でも、きっと春臣くんが登校するようになったら、話し相手である私はもういらない。  そんなクビならむしろ喜ばしいのに、少しだけ胸が痛いのはどうしてだろう。  私たちが座っている席は駅の構内に向いているカウンター席だ。目の前の壁は全面ガラス張りで、シフォンケーキの店もばっちり見える。張り込みにはもってこいである。  取り替えた理由は分からないけれど、私が元々持っていた券の引き換え時間、三時間後まで粘ればおのずと犯人が現れるだろう。  けれど、春臣くんの顔は浮かない。 「あのやろーが来る確率は半々だと思う」 「どうして?」 「わざわざ遅い時間の券が欲しかったってことは、欲しいのはケーキじゃなくてその時間なのかも。たとえば――」 「たとえば?」 「たとえば、殺人をおかした犯人がアリバイ作りのために、その時間はケーキ屋にいたってことを証明したいとか」 「ひっ」  さらりと言われたのは、思いのほか物騒な話だった。 「そ、そんなわけないよっ」  そんな理由だったら怖すぎる。 「うん、俺もそう思う」  春臣くんはあっさり引き下がった。 「アリバイとか言い出したらもっと確実な方法あるし。時間が印字されたものがほしいなら、買い物してレシートもらうとか。人にぶつかって券を奪うなんて不確定なやり方、リスクが大きすぎる。いくら千咲が抜けてるとはいえ、失敗する可能性も高いし」 「そ、そうだね、いくら抜けているとはいえ」  まあ、まんまと券を奪い取られたわけですが。 「もう一度整理券をもらう列に並ばなかったのは、スタンプが押してあるからだ。一度券をもらったら、その日は並べない。だから奪うしかなかった。やっぱり欲しいのはケーキなのか?」 「じゃあ確実にお店に現れるよね」 「でもそれがなんでなのかわからない。今すぐケーキをもらえるのにどうしてわざと遅い時間なのか……」  春臣くんはしきりに犯人の動機について考えているらしいけれど、私はそれよりもっと気になることがある。犯人が落としていった券の引き換え時間があと数分に差し迫っているのだ。 「これ交換してきていいよね。これってもう私がもらってもいいんだよね?」  犯人が現れる頃にはこの券はただの紙切れになっている。あなたが持っていったのは私の券です、なんて言って犯人がおとなしく整理券を渡してくれるはずないし、だったらもう引き換えはしておいたほうがいいんじゃないだろうか。 「いいって。面倒くさい」 「だって、お客様のお茶請けが……」 「そんなん適当に出すよ。そもそもママだって本当にケーキを買ってきて欲しいわけじゃないって」 「え?」 「そもそも、千咲が最初に持ってた券じゃ、来客に間に合わないだろ」 「た、確かに……」  春臣ママは客が来るからと授業時間が半分過ぎたあたりで切り上げようとした。つまり残されたあと一時間以内に来客があるのだ。三時間も待っていては間に合うわけがない。 「今日はまだいいほうで、先週は五時間待ち。ひどいときは六時間待ちとかだぞ」 「そ、そんなに……。あれ、先週も買いに来たの?」 「うん、だから飽きた」  超人気ケーキを食べ飽きただなんてうらやましい。 「でもそんなに待つならなんでママさんはわざわざ指定してケーキを……」 「俺が会いたくないの知ってるから。ママがこのケーキ買いに行けって言うのは担任が来るぞってこと」 「は……」  担任。春臣くんの学校の、先生。  春臣くんは、その人に、会いたくない。  急に提示された情報に頭が混乱する。えっと、これは春臣くんの登校拒否の理由に近づいたってことだろうか。  舌がもつれてうまく言葉が出てこない。  春臣くんにはいつか登校拒否の理由を話して欲しいなんて思っていたのに、いざとなるとなんて言っていいのかわからなかった。
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