後日譚 【ヤキモチ執事とふわふわちゃん】~東山晶~

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「黒崎先輩は、ただおれを揶揄って遊んでるだけだと思うよ」 「そうかな。俺にはそう思えないけど」  葉介は、にこにこと微笑んで見せ、そう言った。しかし、晶にはわかる。彼の穏やかな笑顔が偽りのものであることくらい。今、彼の瞳の奥には、確かに苛立ちを感じるのだ。 「全く、晶の髪の毛に触るなんて」 「髪……。み、見てたの……」 「もちろん。ここが学校じゃなかったら、俺はとてもじゃないけど、冷静じゃいられなかったよ」  そう言うと、葉介は立ち上がる。そうして、教室の時計を見ると、晶に手を差し伸べた。 「さて、そろそろ交代時間かな。晶、行こう」 「え? でも、後ろに並んでた人達は?」 「俺は一時までだから。晶が最後だよ。後は黒崎にバトンタッチ」 「あぁ、そうだったんだ……」 「そう。ほら、行くよ」  葉介に手を取られ、ぐい、と引かれる。晶は執事の格好をしたままの葉介と教室を出る。彼はいつもよりほんの少しだけ、強引だった。  午後――。晶は葉介と二人で、文化祭の模擬店を回る――はずだった。しかし、葉介は飲食店で焼きそばやじゃがバター、からあげにジュースを買うと、ぐいぐいと晶の手を引き、模擬店の並ぶ棟から、人けのない特別棟へ向かっていく。こっちへ来ても店はなく、人だっていないのに、彼は一体どこへ向かっているのだろう。晶は不思議でしようがない。 「ねぇ、葉くん。どこ行くの?」 「人がいないとこ」 「え――」  葉介は、きょろきょろと周囲を見渡し、三階の多目的室へ入って行く。鍵は開いているようだ。晶が中へ入ると、葉介は内側から鍵をかけ、ベランダへ出た。 「晶、こっちおいで」  手招きされて、晶は葉介の側に寄る。葉介はベランダから下を覗いて「ほら。ここから中庭のステージが見えるよ」と言って笑った。 「ほんとだ。でも、ここ勝手に入っていいの?」 「見つかったら怒られちゃうかもね。大丈夫だよ、静かにしてればわかんないって」  そう言って、葉介はベランダにしゃがみ込み、さっき買ってきた食べ物を広げ始めた。彼は優等生であるはずなのに、珍しく、らしくないことをしている。晶は葉介の隣に座ってくすくす笑った。 「なんか、葉くんじゃないみたい。可愛い」 「可愛い……?」 「うん。だって、なんか不良みたいだもん」  笑みを零して、箸を割り、じゃがバターをつまむ。すると、葉介も釣られたように笑った。それから、晶の頬に手をそっと当て、唇にちゅ、とキスをする。 「晶の方がずっと可愛いよ。他の奴にたかられないか、俺、本当に心配だもん。はい、晶。あーんして」  そう言って葉介も箸を割り、からあげを取り、晶に差し出してくれる。恋人に食べさせてもらうなんて、ちょっと恥ずかしいが、他に誰が見ているわけでもない。晶は口を開け、差し出されたからあげを頬張った。葉介は実に満足そうだ。 「葉くん、黒崎先輩のこと……、まだ気にしてるの?」 「当たり前だよ。だって、晶の髪の毛、くるくる弄ってただろ。こうやってさ」  葉介は黒崎を真似るように、晶の髪に触れ、指に巻きつけるようにして弄り、不機嫌そうに鼻を鳴らす。そうかと思うと、やけ食いするかのように、からあげを頬張る。どうやら彼は、まださっきのことを根に持っているらしい。余程、面白くなかったようだ。 「だから、黒崎先輩はおれを揶揄ってるだけだって」 「俺は嫌なの。もう触らせないで。あいつ、絶対怪しいよ。晶のこと狙ってるんじゃないかな」 「そんなことあるわけ――……」 「わかんないじゃない。晶……、俺、さっき嫉妬でおかしくなりそうだったんだからね……」 「おっ、おれだって……」 「え?」 「おれだって……! 葉くんが昨日告白した人と一緒にいるの、すごいムカついたもん……!」  嫉妬させられているのは、寧ろこっちだ。そう言わんばかりに返すと、葉介は目を細める。それから、また。唇にちゅ、と柔らかな熱が重なった。
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