第一章【涙色ラブレター】〜東山晶〜

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 さっきの、深い意味はないよね……。  晶の目の前で今、三木はパスタをフォークにくるくる巻きながら、それを口に運んでいる。既にセットのサラダをぺろりと平らげていて、食後にはデザートを頼むつもりなのだそうだ。  晶はハンバーグとドリアのセットを食べながら、食事をする三木の様子をじっと見つめた。今さっき、彼は晶に「俺なら絶対にそんな顔はさせない」と、確かにそう言った。  恐らくそれに深い意味はない。彼はきっと晶を慰めてくれようとして、それを言ったに違いなかった。けれどどうしたことか。晶の胸はトクン、トクンと高鳴っていた。 「ね、晶くんもデザート食べる? 俺、アイス頼もうかなぁって思うんだけど――」 「おれも食べたいです。っていうかその呼び方、やめてもらえませんか?」 「あれ。嫌だった? ごめん」  困ったような顔をして三木が聞き返す。晶は慌ててかぶりを振った。三木に対してその言い方は誤解を与えかねなかった。 「べ、別に嫌とかじゃないですけど! おれ昔っから呼び捨てが多いから、君付けされるの慣れてないんですよ。呼ぶなら東山か、晶でお願いします」 「そっか。……じゃあ、晶にしようかな。ねぇ、晶」 「なんです?」 「なんでもない」 「え……?」  にこにこしながら頬杖をついて、三木は楽しそうにテーブルの上の呼び出しボタンを押した。  その後、デザートまでしっかり平らげた二人のおしゃべりは尽きなかった。どちらかというと晶が話をして、三木が聞き役に呈するという形になったが、三木は終始楽しそうだったし、笑顔だった。  はじめは告白を勘違いしたままラブレターを目にも入れてくれなかった純の愚痴ばかり吐いていた。しかし、それも散々話すとそのうち自然と気が済んでくる。やがてだんだんと話題は好きな漫画や音楽の話に切り替わっていった。  三木は晶の好むものを例え知らなくても、端から興味を持ってくれる。晶の趣味はみんな純に習ったようなものばかりだったが、その中に三木と共感できるものがあると、とても嬉しくなった。  日が暮れる頃、晶は純粋に三木と過ごす時間を楽しんでいた。結局二人が店を出たのは、話し疲れてすっかり小腹も減ってきた午後五時過ぎだった。 「いやぁ、楽しかった! つい話し込んじゃったなぁ」  あまりに長話をしたので、カラオケに寄る時間は既にない。聞けば三木はこの後アルバイトがあるとのことだった。なんでも、駅前の洋食店で働いているのだという。そこは晶も良く知る老舗だった。  チェーン店とは違う、ちょっとレトロでお洒落な店構えは大人びた雰囲気がある。入れ替わりの激しい駅前の飲食店の中でも、そこだけは晶の幼い頃から変わらない。古くからファンに愛されて、今も活気のあるその店で働いていると聞き、晶は余計に三木が大人びて見えた。  大人だぁ……。それに比べて、おれってやっぱりガキっぽいよなー……。 「すみませんでした……。おればっかりべらべら話して、ずっと聞いてもらってばかりで……」 「そうだった? 俺は楽しかったよ。そうそう。さっき話してた漫画、今度貸して。読んでみたいな」 「はい! じゃあ、今度持ってきます!」  にこにこと笑みを浮かべながら、三木は自転車を押す。その隣を、晶は歩いた。この先は互いに帰り道が分かれる。三木は駅の西側。晶は東側だ。やっと日が低くなってきた夕方の駅前のロータリーで、三木は自転車に跨った。 「じゃあ、また学校でね。あっ、そうだ!」  突然大事なことを思い出しかのように、三木は声を上げる。 「忘れるところだった。ケータイの番号、教えとくね」 「え、あっ、はい――」 「ちょっと待って、俺のはね――」  そう言いながら、三木はカバンから手帳を取り出した。そこにさらさらとペンで走り書きをした後、びりっと破って晶に渡す。今時こんな風に番号を渡すのは少し古風なやり方だと思った。が、それもまた大人びている三木にはどこか似合いだ。 「はい、これ。俺の番号と、こっちがメアド」 「ありがとうございます……」 「ううん、何かあったらまた話聞くからね。俺もまた誘うし。じゃあね!」 「はい、また……」  三木は去っていく。晶はその背中が見えなくなるまで見送った。不意に言いようのない寂しさに襲われる。だが手渡されたメモを見て、自然と笑みが零れた。晶はひとまず、帰ってからメールを送ってみることにした。
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