第二章【一目惚れ】~三木葉介~

2/4
192人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
 可愛かったぁ……。あれは……。ひょっとして一目惚れっていうのかな……。  アルバイトを終えて帰る、午後十時過ぎ。三木は一人、帰路につきながら考えていた。忙しく働いている最中も今も、頭の中に浮かぶのは、二年間片想いしていた国語科教師、間宮のこと……ではなく、今日出会ったばかりの後輩のことだった。  ふわっとした癖毛の柔らかい栗色の髪、小柄な体だが、決してひ弱でない健康的な体つき。幼さの残る顔つきと、ぱっちりとしたまん丸い瞳。  名前を東山晶といった。実を言うと彼のことは以前から知っている。名前もうろ覚えではあるが、何となく聞いたことがあった。彼はクラスメイトで校内一の人気者、青野純の幼馴染、謂わば弟分だった。度々純に会いに、三年A組の教室へ遊びに来ていたのを、三木は見かけたことがあったのだ。ただし、その時には純の新しい取り巻きか何かだと思い、特に気にもしなかった。  ところが、その彼が目の前で瞳を真っ赤にしながら涙をぽろぽろと流し、声を上げて泣きじゃくっているのを見た瞬間、三木は魅せられてしまった。なんていじらしくて、なんて純粋で、なんて可愛いのだろうか、と。  素直で感情表現が豊かな晶は、二年半も片想いしていた間宮とは正反対の人間だといっていい。間宮はいつも冷静、沈着で思慮深い男だ。物静かな雰囲気を持ちながらもその笑顔には心がほぐれるようで、一人の人間として憧れてしまう。三木はいつだってその笑顔に癒されていた。  しかし、晶は違う。彼は一緒にいればそれなりに手がかかりそうだし、高校一年生さながらの幼さもある。それでも彼の泣き顔と、泣き止んだ一瞬の間に零れた笑みは、三木の心をあっという間に虜にした。  もちろん、ただ外見で惹かれただけではない。一緒に食事に行って、散々おしゃべりをして、晶という人間を知れば余計に心惹かれ、癒されもした。アルバイト後に入っていたメールを見た今、その想いはさらに強くなっている。 『三木先輩、今日はありがとうございました! 先輩のおかげで元気になれそうです。今度また遊んでください!』  たったこれだけの、ごく普通のメールだ。それなのに三木はそれを見た途端、胸が急激に高鳴っていくのを感じた。いや、もっと言えばケータイにメールが入っているとわかった瞬間から、それが晶からなのではないか、と期待して、体が火照っていたくらいだった。  俺は気が多いのかな。あんなに引きずってたはずなのに……。今は先生じゃなくて、晶に会いたいって思ってる……。  三木は自転車に乗って家までの道を漕ぎ出した。早く家に帰ってメールを返したくて、気持ちは逸るばかりだ。つい最近まで引きずっていた恋が、今は遠く昔の思い出のように霞んでいる。こんなに呆気なく自分の気持ちが変わってしまうなんて、自分でもちょっと信じられない。けれど、もう止まれない気がした。  長いこと抱えていた間宮への気持ちもなくなったわけではないのかもしれない。が、今日、晶と出会って動き出したこの気持ちを三木は無視できなかった。  俺じゃ、青野の代わりにはなれないかもしれないけど……。だけど、俺なら絶対……晶にあんな顔はさせない。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!