第五章【勘違い】〜東山晶〜

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 晶は三木と帰りがてら駅前のファミレスに寄って夕食を取った。そこは三木とよく利用する店だ。いつものように食事を済ませ、デザートまで追加で注文した後、二人は帰路につく。  食事をしている最中や帰り道の途中、晶は次から次へ話をした。それは最近純に借りて面白かった漫画の話だったり、夕べ観た面白いテレビ番組の話だったり、実に他愛ない話題ではあったが、それでも晶は楽しかった。ただ、気になるのはせっかく花火大会ではいい雰囲気だったような気がしたのに、何の話をしても、三木はどこか上の空だったことだった。   「三木先輩……?」 「ん?」 「すみません、もしかして退屈ですか?」  並んで歩く道の途中、晶は不安になって聞いた。この先もう数メートルも歩けば、三木と分かれる十字路に出てしまう。だがこのまま離れるのはあまりに寂しく、不安だ。上の空で話を聞く三木が何を考えているのかはわからないが、あまりいいことではなさそうだった。それに、さっき花火の後に彼が言いかけたことも晶は気になっている。純に邪魔されて話は途中で終わってしまったが、恐らく三木はとても大事なことを言おうとしていた。    あの時、先輩に……、告白されるのかと思っちゃった。でも、今はあんまり楽しそうじゃないし、違ったのかな……。  晶はさっき三木に握られていた手をぐっと握った。これまでタイミングがあれば告白をしようと何度も思ったことはあったし、三木からの好意も少なからず感じていた。だから花火の後、一緒に食事をして、二人で帰り道を歩けばまたいい雰囲気にもなって、そんな話にもなるかもしれないと思っていた。それなのに今、三木は晶の話を聞いているのか、いないのかすらわからない状態で、ずっと上の空なのだ。もちろん、その理由は晶が知る由もない。 「おればっかいつも喋って……ごめんなさい」 「いや。退屈だなんてことないよ。今日はすごく楽しかったから」 「でも先輩、さっきからずっと……ぼーっとしてるみたい……」 「そうかな? ……ごめん」  晶はかぶりを振る。花火を観終わった直後、三木が言いかけたことが何だったのか。今、こうしている間も上の空でいる理由は何なのか。それを知りたい。  おれの思い違いかもしれない。だけど、それでもいい。さっきの話の、続きが聞きたい――。  思い切って聞いてみよう、と心に決めたその時。不意に三木は、手に持っていた信玄袋からケータイを取り出した。 「あ……。青野からだ」  ケータイの画面を確認するなり三木は言った。いや、ケータイを手に取った瞬間から、三木はそれが純からかかってきたのだとわかっていたようにも見えた。そういえば純が別れ際に三木にそんなことを言っていたかもしれない。 「純ちゃん、何の用なんですかね?」 「さぁ……」  三木はそう言っただけで、ケータイの画面を見つめ、眉をしかめている。どうやら着信ではなくメールだったようだが、その表情は彼らしくもない。声をかけるのにも戸惑っていると、三木はそんな晶に気付いたようで、柔らかい笑みをくれた。 「晶は心配しなくて大丈夫だからね」 「えっ……」 「それじゃ、俺はもう行くよ」 「はい……」 「気を付けて帰りな。また連絡する」  そう言ってひらりと背を向け、三木は晶から離れて行く。呆気なく終わりを迎えた二人の時間が名残惜しくて、途方もなく寂しい。晶は思わず三木の名前を呼んだ。 「三木先輩……!」  三木が振り返る。彼はもう耳にケータイを当てていた。電話の相手は純だろう。だがそこに無理矢理割り込むようにして、晶は彼を呼んだ。  自分でも何を言わなければいけないのか、まるっきり整理がついていない。感情ばかりが先走ってしまう。それでも晶は、必死になって声を出して、言葉を繋いだ。 「先輩……! お、おれ……、おれ――」  先輩が好きで、好きでどうしようもない。会うと嬉しくなって、つい一人でつまんないことばっかりべらべら喋って、さよならを言う時は寂しくて泣きそうになる。  それを言葉にしようと思った。けれど緊張なのか、慌てているせいなのか。それが頭の中で纏まっていても、口に出そうとすると途端にこんがらがってしまう。 「おれは……! 三木先輩といるとすごく、楽しいです……! だからまた、あ……、あ、遊んでください!」  声を張り上げて懇願するように言った。あまりに照れくさくて、告白できなかった自分を激しく叱咤したくなる。ことごとく、自分は本番に弱いのだと思い知った。  突然大声でそんなことを言い出した晶に、三木は驚いたようだったが、すぐに笑みをほころばせた。そうかと思うとケータイを仕舞って、足早に晶の元へ戻ってくる。 「み、三木せんぱ――」 「晶、俺も……!」  一瞬のうちに、晶は三木に抱きしめられた。三木の匂いとマリン系の香りに包まれて、眩暈がしてくる。心臓はドクドクと波打って、浴衣越しに触れ合った体から体温がじんわりと伝わってきて、晶の全身はたちまちのうちに熱く火照っていった。こんな大きな音で鳴ったら、こんなに体が火照ってしまったら、晶の気持ちは言わずとも三木に駄々洩れ状態かもしれない。それでも、この時はそれで構わないと思った。 「先輩……」 「俺も晶といると楽しいよ」 「ほんと……ですか……」 「ん、ほんと」  囁く声が耳元で甘く、優しく響いた。三木の声に胸の奥がきゅうん、と狭くなったように痛みを持つ。体がゾクゾクッと反応して、震えるような感覚が全身に走っていく。  先輩、おれ……、先輩が好きなんです。大好きなんです……。  もう、今にもその一言を言ってしまいたい。しかし、あまりに心臓が高鳴って、恥ずかしくて、照れくさくて、とても言葉にできなかった。  どうしよう……。心臓がドキドキして……、苦しい……。もっと一緒にいたい、好きだって言いたいのに……。 「先輩……」 「晶……」  三木の瞳を見つめる。三木もまた、晶を見つめてくれる。頬はぽうっと火照ってどんどん熱くなっていく。 「晶。俺さ、晶にちゃんと話さなきゃいけないことがあるんだ」 「話さなきゃ、いけないこと……?」 「うん」  それって――。さっきの話の続き……だったりするんじゃ……? 「先輩……、あの、おれも……!」  そう言いかけた時だった――。 「おーいっ! 晶! 三木……!」  不意に素っ頓狂な声がして、晶は眉をしかめる。見れば、ここまで走って来たのか。そこには息を切らして駆けて来る、純の姿があった。またもや純に邪魔をされて、晶は苛立ちを隠せない。全くもう少し空気を読んでもらいたいものだ。晶は思わず文句を口にした。 「純ちゃん、うるさいなぁ……」  三木はごもっとも、と言わんばかりに、くす、と笑みを零し、そっと体を離す。 「ごめんね。今日は青野が……ああだし、もうこんな時間だから。明日にでもまた会えないかな?」 「はい……」 「明日、連絡するからね。またゆっくり話そう」  念を押すように言われて、渋々、返事をした。すると、三木は安堵したように息を吐く。やがて傍へやって来た純は、顎をしゃくって三木を呼んだ。 「三木、悪い。ちょっといいか」 「あぁ。じゃあね、晶。おやすみ」 「はい……。おやすみなさい」  ひらりと手を振り、三木は純と連れ立って今度こそその場を去って行く。三木の背中はだんだんと小さくなって、やがて見えなくなった。だが、大きく波打つ胸の鼓動は少しも大人しくならなかった。
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