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「渡したいもの?」
眉をしかめて、純は首を傾げる。晶は制服のスラックスのポケットから、えいやっ! とばかりに便せんを取り出した。
「こ……、これ……! 受け取って!」
「なんだよ、これ?」
「これはその……、わかんないかな!?」
「えっ、いや……。わかんないかなって言われても……」
どうやらしっかりと説明する必要があるらしい。晶は両手でしっかりと便せんを持って、ぐい、と純の前に差し出して言った。
「らっ、ら、ららら……、ラブレターだよ……っ!」
これでもかというほどにどもった後、晶の声が中庭にこだまする。蝉の鳴き声がこんなにもうるさいのに、体の中で波打つ心臓の音がしっかり聞こえた。急激に体が熱くなる。額に滲んでいた汗が、頬を滑り落ちていく。
「……ラブレターか」
純が言った。その声はどこか落胆しているようにも聞こえる。そのせいで顔を上げるのが怖くて堪らなくなった。晶はラブレターを差し出したまま俯いて、こく、と頷く。ほどなくすると純がため息を吐き、いかにも気怠そうな声を出した。
「悪いんだけどさぁ……、それ断っといてよ」
「えっ」
思わず顔を上げた。純は頭を掻きながら、すぐそばにある自動販売機へ向かった。晶は慌ててそれを追いかける。恐らくだが彼は勘違いをしていた。無理もない。それが幼馴染の晶が書いたもので、晶の初恋の気持ちを綴ったものだとは微塵にも思わなかったのだろう。
自分は誤解されている。それを解かなければ。そして自分の気持ちを正直に伝えなければ。晶は高鳴って煩わしい心臓を無視するように純を呼んだ。
「純ちゃん……、あのさ……! おれ――」
「晶。オレ、付き合ってる奴いるんだよね」
「え……」
途端に、ずしん、と体が重くなった。ただでさえこの暑さで息苦しいのに、呼吸が止まりそうになった。
うるさかった心臓が急に静かになっていく。体中の力がへなへなと抜けていく。晶は強張った表情のまま、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「へえ。つ、付き合ってる奴……? だ、誰……?」
「誰……って、女の子。晶に言ったってわかんないだろー?」
けらけら笑いながら、純はポケットから小銭を取り出している。自動販売機にそれを一枚ずつ差し込んで、慣れたように一番上に並んでいるスポーツドリンクのボタンを押す。ガコンッ! と音がして、純はしゃがみ込み、ドリンクを手に取った。
「わかんない……かも。だけど――」
「いーんだよ、お前は知らなくて」
純は振り返り、晶の髪をわしゃわしゃと撫でる。昔から馴染みのある端正な顔で照れくさそうな笑みを向けられる。晶は昔から純にこうされるのが大好きだった。ほんの一瞬、ぽーっとしてしまったが、今は見惚れている場合ではない。慌ててかぶりを振る。
「まぁ、そういうことだからさ。今度そういうの渡されても断っといて」
「でも……っ、あ……、あの、よ、読まないの……!?」
あぁ……、違う……! そうじゃなくて……!
自分で自分を激しく叱咤する。ここで言うに正しいのは、これは自分が書いたものだから読んでください、だ。しかし既に冷静ではいられなくなっている晶には、そう言うのが精一杯だった。
「読まない。だって応えられないんだから。読んだってしょうがないだろ?」
読んだって、しょうがないんだ……。
「そっか……」
「じゃあな。あっ、そうだ。今晩お前んち行っていい? 面白い漫画借りたからお前にも読ませてやるよ」
「ありがとう……。待ってる」
明るい笑顔で手を振って、純は去っていく。その背中が遠くなって見えなくなっても、晶はその場に立ち尽くしていた。
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