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代理人
「アイル様、何で此処に来るんですか…。
ライラさんが子を産むまでライラさんに手は出さないって言ってましたよね?
それって出産後は普通にライラさんと夫婦の営みもするって意味ですよね?
私の所に来てたら、夫婦の溝が一向に埋まりませんよ…」
私はアイル様に冷たく言った。
「そんな事も言ってたような気がするが、私としてはお前が首都に転移している間にホデシュとヨリを戻してないかどうかを確かめる為にもお前の身体を検める必要がある」
アイル様は揶揄するような表情ではないので、どうやら本気で言ってるようだ。
「全く、疑り深いですね…」
私はそう言って両手をアイル様の頬に触れて顔を覗き込んだ。
アブドゥーニから「反ラーヘル」的な連中の事を聞いた事。
ツカサさんと話をした事。
ルーシュセアール邸に行って隠し子だと言い張り、隙を見て暗示を掛けて帰ってきた事。
ルーシュセアールの跡取りのセケルがニムロドの成りすましである事。
コルがリーレンという魔法使いでありアビフ軍務大臣の側近くにいる事。
エムーナーがズローアというナハル人魔法使いに成りすましてマーレマーカル内務大臣の側近くにいる事。
そういったことごとを思い返して、それを読心術越しにアイル様に伝えた。
「そうか。…お前にとっては大変だろうが、私にとってはお前が元夫とヨリを戻してなくて良かった」
アイル様がホッとしたように息を吐いた。
「それじゃあ、アイル様はちゃんと夫婦仲良くすることにして、私は魔力を回復させたいので大人しく寝かせてください」
「それなんだがな。…
ライラは、アレは駄目だ。余りにも幼稚で物を知らないし自己中心的過ぎる。
ロニセラを孕んでいた頃からジット領から連れて来た侍従の男を寝台に引き込んでいる。
幼馴染だか乳兄弟だか知らんが、当人にとってはそれが『運命の相手』な訳だ。
私が夫としての権利を行使してコトを為すと『夫を名乗る人買いに犯された』だのと思って一生逆恨みし続けかねない。
私としてもあの手の女は好きではないし、向こうもこちらを『贅沢な暮らしを保証してくれる都合の良い男』程度に思っている。
なので今後も第一夫人との夫婦の溝は埋まる予定は無いのだ」
とアイル様は淡々と語った。
私はアイル様の悲しそうな表情は演技かも知れないが、彼が本当にライラさんを見放しているのだという事は解った。
「ライラさんはそれじゃ、その乳兄弟の男との間に子供が出来たらどうするつもりなんでしょうか?」
「さあな。私はあの女に関してはゴキブリ程度にしか思っていない。
流石にジット公爵を上手いこと破滅させる目処が立ってもいない時点では、早々にあの女を叩き出す訳にも行くまいが。
これ以上、私の胤ではない子供に我が子のフリをさせる程お人好しでもない。
あの女が愛人の子を孕んだら料理人に金を握らせて堕胎薬を盛るに決まってるだろう?」
(あ、この人本気だ。本当に一服盛るな…これは…)
「お前がその手の薬を作ってくれても良いんだぞ?『身体に負担の少ない堕胎薬』を開発したら娼館辺りでもバカ売れするだろうな」
「そうですね。…嫁いだ先で働きもせずに夫の金を好き勝手に使って、挙句に不倫して、それを『運命の相手』だのと美化するような頭の悪いナルシストのバカ女でも身体は大事でしょうからね。
何とか『身体に負担の少ない堕胎薬』を開発するようにしてみましょう。
アイル様とライラさんが同衾せずにライラさんが妊娠する限りは、おそらく何度も使う羽目になるでしょうしね」
私はアイル様の頭を撫でてあげた。
考えるだけで頭が痛くなるようなどうしようもないバカは存在するのだ。
私もアイル様もそうしたバカを発見してしまう。
そしてそうしたバカが仕出かす事の余波を心配して、悪影響が最小で済むように先手を打って予防している。
だけど偶に疲れるのだ。
どうしようもなく疲れるのだ。
私達はただ横になるだけで何もエッチな事をせずに一緒に眠る事にした。
夢中になって快感を貪っている時には彼の綺麗すぎる顔が間近にあっても、それほど意識する事はないのだが
二人でただ横になっているだけだと、やっぱり綺麗な顔に見惚れてしまう。
私がボンヤリとアイル様の顔に見惚れていると、その口が動いた。
「なかなか出来ないものだな…」と。
「ん?何がですか」
「お前と私の子が、なかなか出来ないものだな…と思ったのだ」
アイル様が残念そうに言う。
「そういえばそうですね。デキてもおかしくないくらいしてるのにデキませんね…」
確かに。
私達は魔法使い同士だし、魔力回路の精密さのレベルも近い。
他の相手よりも余程子供ができやすい組み合わせの筈なのだが…。
「まさかとは思うが、お前がしている使い魔の転移魔法陣を使った転移というのは『無かったことにする』ような作用があるのではないか?」
アイル様が訝しげに訊いた。
「そういった作用はない筈ですが…」
と私は答えながら
(あっ!)
と思った。
(使い魔の転移魔法陣を使う転移だと、転移空間の中で「肉体の解体と再構築」が起こるんだった。私の霊動に満たされた空間だから私と私の使い魔は再構築が可能だけど、眷属などの別の存在だと再構築は不可能だ。妊娠してたら胎児も解体されて再構築出来ずに消滅する…)
と気がついてしまった。
「「………」」
私達は顔を見合わせた。
アイル様も私の考えを読み取ったようだ。
「暫く使い魔の転移魔法陣を使わない転移で移動するようにしたらどうだ?」
と勧められた…。
*************
しかし、頻繁に転移して済ませておかなければならない用事が多過ぎる。
でも転移し続けてたら一生妊娠、出産、子育ても出来ない。
今の現状が「私が全て直せつ取り仕切っている」から良くないのだ。
なので
「フォアル砦の管理をヒルバさんとルイーローエさんに任せられないだろうか」
と考えた。
その案はアイル様によってすぐさま認められた。
なので私は根回しとしてヨハネとユウヤに話を通しておく事にした。
「この砦のよう管理なら今のまま私達の方で充分できますが…」
とヨハネは不服顏だ。
しかし私はそれを許すつもりはない。
「同じ人間が群れて同じ所に居続けると必ず癒着と馴れ合いが生まれます。
事と次第によってはカイサール侯爵の役でさえも貴方ではなく別の存在者に任せる事もあり得ます。
そもそも砦勤務の騎士団長やその直属の部下達は国属騎士です。
その役を演じている者達はいずれはフォアルを離れて別の場所に赴任になりますよ。
私は貴方達を私の目の届かない所で腐らせるような事をするつもりはありません。
貴方達は無辜のナハル人を何人も拐ったり手に掛けてきています。
その償いとして貴方達の上には此国の治安に貢献し多くのナハル人の生活と安全を守る義務が生じています。
仲間同士で仲良しこよしごっこをしながら果たせるような甘い義務ではありません」
私がそう言うとヨハネは俯いた。
「…つまり、ヒルバってヤツとルイーローエって女が来たら、そいつらがフォアル砦の裏のボスって事になるから、ちゃんと従えって事なんだな?」
と、ユウヤが話を端的に纏めてくれた。
「そう。ヒルバさんとルイーローエさんが私の不在時の私の名代なのでちゃんと従ってくださいね」
私が言うと
「「「「「分かりました」」」」」
と、その場に居た眷属が皆、良い返事を返してくれた。
そしてヒルバさんとルイーローエさんも、アイル様から直々にフォアル砦の裏の管理を任されたので、断る選択肢は無かった。
(本当はラーヘルを離れたくない、とか思ってたりするのかな?)
と思ってヒルバさんとルイーローエさんに話を聞いてみたところ。
「私達の恩人であるアイル様から任された任務ですもの、誉でこそあれ、不満はありません」
「僕もただ世話になってブラ下がるだけの状態は申し訳なかったんだ。任務を与えられた事で少しでも恩を返せるのならそうしたい」
との事だった。
私は二人の様子に頼もしいものを感じつつ
フォアル砦の事は私の手を離れても大丈夫だろうと思った。
人外境にある拝領の間へ転移できる使い捨て転移魔法陣の販売。
その交渉の為にフォアル砦の面々がアッコン国と接触すると、アッコン国には幻想魔法などの精神干渉系の技に長けた者が多いので
再び自我に干渉されて相手側に寝返る可能性が高い。
そうした事態を封じる為にも、アッコン国とは繋がりのない者がフォアル砦をじかに監視して取り仕切る必要があったのだが
…ユウヤでは余りにも頼りなさ過ぎた。
それでヒルバさんが適任だと思ったのだ。
何せ彼はシュナハーカム人達に拐われ、洗脳で記憶まで変えられて、人殺しまでさせられているのだ。
アッコン国が公正な商取引きをする気がなく、幻想魔法でフォアル砦の面々を取り込む事で金を払わずに転移魔法陣の巻物を手に入れようとしても、そうした行為をヒルバさんが許す事はないだろう。
ヒルバさんがハリーさんだった頃には
認識阻害や精神干渉と言えば
「自分をイケメンに見せて女性にモテたい」
といった事しか考えられない平和ボケさんだった訳だが。
今や彼は認識阻害や精神干渉が、悪党に利用された場合、如何に恐ろしいものになるのかを骨身に沁みて理解している。
私はそんなヒルバさんがフォアル砦での任務を恙なく行使できるように幾つかの魔道具を授けた。
他の人間が魔道具を盗んで利用する、といった事が出来ないように御丁寧に「所有者指定」の魔法まで掛けて。
あとフォアル砦の面々に関しても
使い魔の糸で作った発信機機能付きのブレスレットを付けさせる事にした。
魔力を流さないとただのミサンガ風のアクセサリーになってしまうので、装着者から魔力を吸収する効果を付与する共に、装着者が勝手に外せないように「所有者指定」の上位魔法まで掛けた。
これを目の前で装着させておけば
「居るはずのない所に眷属が居る」
ような事が起きた場合に追跡が可能になる。
ここまでしておけば
フォアルに関しては頻繁に転移して様子を見に行かなければならない、という事は無くなるだろう。
そう考えて、私は首都の頭痛の種に関しての対策を取る事にした。
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