124人が本棚に入れています
本棚に追加
親睦
それから後の1週間は
「同期生である見習い8人の親睦を深めよう」という趣旨で、私達見習生は首都見学を楽しむ事になったのだった。
ナハル国で最も栄えているのは
海に面した港町を幾つも持つエラーム領サファー地方だと言われている。
特にバーサル港は大きな港町であり、交易が盛んで、様々な国々の製品や文化が入り乱れ、絢爛たる雰囲気を醸し出しているのだとか。
一方で、首都ガーローンは伝統を重んじる都であり、舶来の斬新なものは入って来ない。
しかし魔法省の管轄施設が国内で最も多いのがガーローンを含むノーフェト領である。
ナハル国特有の技術を活かした文明の利器がガーローンには数多く流通していて、魔石を使って起動させる魔道具の品質の高さは近隣国とは一線を画すと言われているのだそうだ。
ケントさんを師と仰ぐオリバーは、ケントさん同様に、何処からともなく情報を集めてくるので。
上記のような事情に関しても丁寧に説明をしてくれた。
おかげで観光気分で皆でガーローンの名所を巡り、買い物や散歩を楽しむ事が出来たのだった。
「魔石を使って稼働させる魔道具」
「魔力持ちが魔力を注いで稼働させる魔道具」
「魔石を使っても魔力持ちが魔力を注いでも稼働する魔道具」
の3種類の魔道具のうち
一般に流通しているのはやはり
「魔石を使うタイプ」のものだった。
魔石仕様の魔道具なら一般の魔道具店で金さえ払えば購入可能だ。
地球の製品に擬えるならば日常生活用の家電品のような扱いの品々だ。
一方で魔力注入仕様と両用型は
魔法省直轄の技術開発施設に連絡をつけて、交渉の上で手に入れるものらしい。
今の時点では 私達は見習いに過ぎないので技術開発施設に連絡をつけるのも、交渉の上で入手するのも、かなりハードルが高い。
なので魔道具店に立ち寄って、買えそうな金額のものを物色した。
その結果ドライヤーをゲットした!
しかし購入時に疑問を持った。
「オジサン、この魔道具の値段って誰が買っても同じ値段なの?」
とオジサンに訊いてみた。
「まあね。値札を付けてなければ、相手を見てフッかける事もできるけど、それだと値札が付いてない商品に関しては客は『フッかけられるから買わないし見もしない』って心理になるから、逆に売り上げが落ちるんだよ」
オジサンは値札を付けて誰にでも同じ値段で売った方が商売が上手くいくのだと言う。
「それだと、ナハル人も外国人も異国周りの行商人も同じ値段で買えるって事?
だけど外国に売る場合は技術を盗まれて困った事になる可能性があるんじゃない?
それを考えるなら、予防策として国は間税でボッたくるべきだと思うんだけど、そういった法律は無いの?」
「そんなのは聞いた事もないね。
私らにとっては買ってくれるのが誰であれ金は金だから、変に客を制限するような法律は作られない方が有難いね」
オジサンは愛国心よりも商魂に忠実な人のようだった。
私としてはナハル国の技術が活かされた魔道具も、外国へ売る場合、技術漏洩は避けられないだろうから外国人や異国回りの行商人へも売る場合は大いにボッたくった値段設定をして「その利益を更なる技術開発の為の潤沢な資金として回した方が良い」と思うのだ。
高額だからと外国が買わないのなら、それはそれで技術漏洩も防がれる。
技術的優位性が揺るがないのなら必ずしもボッたくった売り上げ金を必要とはしないので何も問題はないからだ。
「卵と鶏のように金と技術は互いを生み合う」ものなのだから
その「金と技術が互いを生み合うサイクル」を維持し続ける事を国は意図するべきだと思うのだ。
技術を盗む可能性があり、此方のサイクルを壊す可能性のある相手からは、当然「保険」代わりにタップリと代金を支払って頂くのは当たり前だと思うのだ。
技術を盗まれ、更にその技術を進化・洗練させた完成版を造られたりすると、技術的優位性がひっくり返る事になる。
そうなった場合に技術を盗み返す事が出来るのか?というと
それは難しいと思う。
これは
「詐欺師は一方的に騙す」
という現象と似ている。
そもそもが巧みに他者を騙す人間というのは、人が人を騙す心理に関して熟練している。
なので常に「自分は騙されないように」という事を用心深く心掛けながら日々の交渉を行っている。
そうして「自分は騙されないが、相手を騙す」といった交渉方法は年季が入って巧妙化していく。
対人交渉に際して「大義に連なる進取的プラン」があり、それに則って動くような人間には、迷いも罪悪感もない。
具体的には近隣国の或る国が
「ナハル国の技術を盗んで我が国を豊かにするのだ」という野心を持っていた場合
そうした大きなプランに共鳴する者達は一丸となってナハル国の利益を蝕もうとするだろう。
そしてそれは
「一方的にナハル国の権利を害している」という行為でありながら、
当人達の脳内認知の中では
「自分達は豊かになる為に頑張ってる」といった形に美化されてしまう可能性すらある。
我々人間が狩猟で動物や魔物を狩る行為にしても我々は素材を剥ぎ取り食糧を得るという、人間が生きていく為の権利の一環として認知している。
だけどそれは狩られる側にしてみれば
一方的な奪取・搾取として映る行為なのだ。
人々は自分達の行う非道を美化レンズを通して認知する傾向がある。
その際に「大義に連なる進取的プラン」は大いに活用されている。
ナハル国は豊かだ。
近隣国にはナハル国の技術を国益を蝕み、自国の糧と為す事を自分達の自己実現の為に必要な事であり正義だと見做す価値観を持つ者もいるだろうし。
そうした価値観を国家主導で自国民並びに周辺国全域に広めているような国が存在する可能性もある。
前世で暮らしていた日本という国は、まさにそういう意味で蝕まれ放題の国だった。
それは官僚を始めとする
公務員や、政治家、法曹など。
行政・立法・司法を司る人々に
「集団的自己防衛意識が致命的に欠けていた」事に原因があると言える。
日本では愛国心は第二次世界大戦の戦犯とイメージ的に関連付けられ「愛国心を持つ日本人は世界的危険分子であり人類共通の敵である」といった偏見が存在し。
そうした偏見は国内外で広められ、執拗に支持されていた。
その所為で国民は「愛国心を持っていると思われる」事を過度に避けなければならず。
そしてそれに腐心する余り多くの日本人が集団的自己防衛意識を培う機会を持てなかった。
そして自国の技術が盗まれ放題の状態を抑止する事も出来ずに盗む気満々の他国へと技術も豊かさも流出していったのだ。
こうした失敗例を或る程度の年月を重ねた元日本人は如実に知っているので。
このナハル国でもそうした事態が降りかかる可能性に関して危惧を感じてしまうのだった。
技術漏洩に関するこうした危惧について、オリバーに話を振ってみたのだけど、なかなか此方の意図が伝わらなかった。
「そういう話は僕には難し過ぎる」
のだそうだ。
元日本人ではない事も関係しているのかも知れない。
しかしユウヤ・シズク・リンタロウにしてみても享年が若かった事もあり、
国際問題などに興味を持つ事も無かったらしい。
(同じ地球出身者といっても10代20代で亡くなってる人が多いし、このネタで話し合えるのは多分ツカサさんくらいなんだろうな)
と思って溜息が漏れたのだった…。
***************
魔法省本部から配置先の指令書が私達見習生の元に届いた。
その結果。
私はズエーブ領のサーバク地方とリンモーン地方の境目にある辺境ラーヘルに着任する事が決まった。
辺境ラーヘルはナハル国の東に位置する煌央国との唯一の交易窓口でもある。
(あれ?ツカサさんの助手って話はどうなったんだろ?……やはり私の人間性が何処かで看破されてしまって「こんなヤツ辺境へと放逐してしまえ!」って事になったのか?)
一応、この結果に間違いが無いのかどうかをツカサさんにも訊いて確認しようと思って研究施設に向かおうとした時。
寮の入口で、当の本人であるツカサさんの声がした。
「あ、イオリさん、丁度良かった。今から本部に乗り込みますよ!」
と問答無用で腕を掴まれた。
「あの、一体何が…」
「本部の連中がやらかしやがったんです。あなた、本部の連中から貴族に売られたんですよ!」
「………へっ?……」
「兎に角、異議申し立てをする権力が我々にはあります。行きますよ!」
何が何だか判らないまま、魔法省本部に到着した。
人事課の責任者とのアポは既にとってあるらしく、すんなりと案内された。
ツカサさんは私宛の指令書と、ツカサさん宛の要望申請の受諾不可結果とを突き出して
「これはどういう事なんですかね?」
と静かな怒りを込めた声を発した。
人事課の責任者と思しき男性が取り澄ました声で淡々と言葉を紡ぐ。
「ツカサ・サノさんと、イオリ・ミヤジマさんですね。私はローア・シッターと申します。初めまして」
私も取り敢えず挨拶を返す事にした。
「イオリ・ミヤジマです。初めまして」
「要望が通らなかった魔法使いの方が異議申し立てに来られる事は多々ありますが。
先に先ず、我が国の定めに関して改めて理解して頂く事で、ご納得頂けるものと思っております。
さて、全ての魔法使いは国に帰属するものであり、その処遇についても国がその権利を有する、という定めに関しては御存知でいらっしゃるのですよね?」
と質問を受けた。
わたしとツカサさんは
「「はい」」
と同時に答えた。
「イオリ・ミヤジマのラーヘル配置はヘレス・ジット公爵からの要望であり、その要望は国王陛下の承認を得ております。
更にはアイル・ゲフェン伯爵からイオリ・ミヤジマを側室に迎えたいという打診が為されてます。
その打診もヘレス・ジット公爵の推奨を得て近々要望書が国王陛下へと上奏され承認されるものと思われます。
国王陛下が承認なされる事が[国の意向]そのものである以上、今回のイオリ・ミヤジマへの指令書は魔法使いの処遇に関する定めに則った決定に基づくものです。
これに異議申し立てを為されても、その異議は却下される事になります」
人事責任者のローアさんが愛想の無い事務的な口調で説明した。
私は国が魔法使い見習生に過ぎない一個人にいちいち干渉するものだとは思っていなかったので
「魔法使いは国に帰属し、その処遇についても国がその権利を有する」というこの世界で罷り通っている定めに対してそこまで憂慮していなかった。
だけど実際にこういった事が自分の身に降りかかってみると、その定めの不条理さに改めて気づかされる。
「…………あの、私の事ですよね?
なんで会った事も無い、私の事をろくに知りもしない筈の人の意見で私の配置先が決められたり、結婚相手まで決められるんでしょうか?
魔法使いって〈人権〉は無いんでしょうか?」
(この世界に「人権」に該当する語は無いので、思わず日本語で発音してしまったけど……。それにしても本当に人権無いのかな?何か「人身売買された」感が半端ないのは気のせいなのだろうか……)
「何ですか?〈ジンケ…〉?」
ローアさんが戸惑った声をかけあげる。
それにツカサさんが答える形で言葉を紡ぐ。
「ああ、御存知かと思いますが、我々魔法使いは異世界から転生してきていて、異世界たる前世の記憶があります。
先程の〈人権〉は、その異世界の言葉です。
[人間が尊厳を持って生きる為の権利]の事をそう呼んでいるのです。
我々の住んでいた異世界は此処よりも文化も技術も民度も全て洗練され進んでいたものですから。
この国しか知らない貴方には難しい概念だったのですね?」
一瞬ローアさんの眼光が鋭く光った。
「あなた方には残念な事でしょうが、此処はあなた方の〈人権〉を保障する異世界ではありません。
このはナハル国です。そしてあなた方は魔法使いである前にナハル国民です。
それをお忘れ無きようにお願いします」
……結局のところ。
私達の要望は「国王陛下の承認」という鉄壁防御を突破する事は敵わず。
ノコノコと引き下がるしかなかった…。
帰りの道すがら、
今後のことを相談する。
「完全に当てが外れましたね。
…それにしても、どうしましょう?
私の【月影の書】。沢山ツカサさんの実験データを頂いてますけど。
助手として働けない事が決まった以上やはり消去しなきゃダメですか?」
「ああ、アレは……そうですね。
そのまま持っててもらった方が良いかも知れません。
実は俺はゲフェン伯爵とは面識があって、そのせいでイオリさんが目をつけられたという可能性が高いんです。
もし本当にそうだった場合はイオリさんに対して申し訳無さ過ぎるので。
あのデータは俺からの迷惑料代わりとして、そちらで好きに活用してもらって構いません」
…一体何処から公爵やら伯爵やらがしゃしゃり出てくる余地があるのかと思ったら。
くだんの伯爵はツカサさんの知己だったらしい。
あと何故か言い辛そうにツカサさんは言葉を続ける。
「ゲフェン伯爵は色々とクセのある人でして……。
イオリさんがあのデータを元に自分なりの仮説を立てて実験をして成果を挙げていけるのなら。
それがあなた自身の身の安全を保障する材料になるとも思うんですよ」
「身の安全ですか……そんな事まで考えなきゃならない相手なんですね?」
「彼の性格というのが、かなり強引でして…。
でも普通の貴族とは違って『平民の分際で!』とかいった不条理な選民意識は持ってないです。
でも逆に極端な能力主義で、有能な者には便宜を図る一方で、無能な者には情け容赦の欠片もない人なんです。
あなたが言ってた『技術力と金は互いを生み合う』というサイクルと同様に『知識と高待遇は互いを生み合う』というサイクルも又存在していて、我々研究者には後者のサイクルが必然的に身近に適用されてしまうんですよ。
特にあの伯爵みたいな人と関わる場合には、ね。
それに彼は、アイル・ゲフェン・ラーヘル伯爵はラーヘル辺境伯その人ですから。
それなりの権力を持ってて、周りには彼の寵を争う腰巾着が多いんですよ」
と言うツカサさんの言葉は
奥歯に物の挟まったような言い方のような気がした。
「要するにゲフェン伯爵やその取り巻き相手には自分の有能さを証明していかないとナメられて酷い待遇に堕とされる可能性が高い、という事なんですね?」
とズバリ訊いた。
「まぁ、露骨に言うとそうですね」
とツカサさんは私の問いを肯定して
溜息をついた。
「それだと……あのデータを頂いた時にも少しお話しましたが。
私はあのデータを見ながら『使い魔を創り出せないか?』っていうアイデアが浮かんだんですけど。
そのアイデアを突き詰めた実験を自分なりに進めてしまっても良いでしょうか?」
「勿論良いですよ。時間が許す限り俺も協力します。
実験が上手くいって使い魔を創り出せたなら、あなたの有能さを伯爵らに示せるというだけでなく、あなたの今後の切り札にもなると思います。
あの人達に振り回されるだけ振り回されて使い捨ての玩具のように切り捨てられるような、そんな目に遭わせられない為にも。
あなたには一つでも多く切り札が必要になりますからね」
ゲフェン伯爵と取り巻き達の人間性に対するツカサさんの評価がかなり酷い事が少し気になるけど…
取り敢えず成果を出して、自分の能力の使い勝手を広げる実験は私も望むところなので
「兎に角、上手くいくように頑張ります」
と意欲を見せる事にした。
最初のコメントを投稿しよう!