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盗賊との遭遇
「盗賊だ!!!」
叫び声が聞こえた方向を、馬車から上半身を乗り出して振り返ると、既に剣を振りかざして斬り結んでいる人達の姿が見えた。
(地球のドラマや映画などの映像技術が優れ過ぎていた弊害なのだろうか?…全く現実感が無い…。でも…ウカウカしてたら殺られる…!)
動揺する自分と、冷静に対処する自分とに、自分自身が分離したかのような状態になった。
そして動揺して何も出来ずにいる自分の方を置き去りにして、冷静な方の自分が、力の言葉を唱えて魔法行使媒体である【月影の書】を起動させる。
緊急戦闘モードに切り替えると、瞬時に【裏月世界】の何処の座標に自分がいるのかが割り出され、タイムラインの空間情報が映し出される。
選択肢は防御しかない。
見習生は攻撃魔法を教えられていないのだ。迷わず防御を選択する。
自分自身と【月影の書】に「物理攻撃無効、魔法攻撃無効」の効果を付与する。
次いで馬車、商人、随行員、護衛の冒険者達に「物理攻撃耐性」を付与する。
「女を狙え!魔法使い見習いだ!」
誰かが叫ぶ。
その時近くにいた男がこちらを見てニヤリと笑った。
防御魔法を発動させていても、間近で
「同じ人間を獲物として捉えている目」と目が合うと
ギクリとして、嫌な汗が背を伝う。
男がこちらに駆け寄ってくる。
そして見えない壁に激突する。
「馬鹿が!魔法を使われる前に猿轡を噛ませねえからだ!」
光る剣を持った男が舌打ちしながら
此方へ向かって来る。
(まさか……)
『魔法防御無効!』
光る剣が透明の壁に突き立てられる。
水面に小石を投げ込んだ時のような波紋が剣の切っ先から広がる。
私の足元がフワリと波に攫われたかのような錯覚が起き、突如突風が吹いて、私の身は後方へ吹き飛ばされた。
(こんなの聞いてない!防御魔法が無効化されるなんて話、誰も教えてくれなかった!冗談じゃない!)
私は驚愕の余り叫び声すらあげる事が出来なかった…。
「死にたくなかったら、大人しくしろ」
と言われ、声が出せずに、
涙目になりながらコクコクと頷く。
剣を右眼の直ぐ近くに突き立てられながら
「動くな、少しでも動くと目が潰れるぞ」
と凄まれた。
男がふいに怒鳴る。
「おい!誰か来い!女を猿轡噛ませて縛れ!」
その声に引かれて別の男が現れた。
「何だよ、随分と脅しつけてるじゃねえか。ビビって泣いちまってるよ。
これじゃあアジトに連れ帰っても上手く手懐けられちゃくれねえだろうし、大人しく仲間になっちゃくれねえんじゃねえのか?」
「さっさと口を塞げ、見習いでも魔法使いだぞ」
「へいへい。…悪いな、お嬢ちゃん。俺たちゃ国が魔法使いを独占してるのが許せねえだけで、アンタにゃ恨みはねえんだ」
私は猿轡を噛まされて縛り上げられた。
そして荷物のように担がれて運び出された。
盗賊が正確に何人くらい居るのかは分からなかった。
護衛の冒険者達と戦っているのが12、3人。冒険者が6人なので約倍の人数だ。
そして私を担いで先に遁げているのが4人。どんどん迷いなく森へ入っていく。
「付けられてないか?」
と不意に声がした。
別の待機部隊が伏兵で隠れていたらしい。
「ああ」
「それじゃ先にアジトに戻ってろ」
短いやり取りをして、私を担いでる男とその仲間は伏兵達を残して森の奥へ進む。
「クソッ!魔物だ!」
頭が二つある蛇のようなものが
木の上から襲い掛かってきた。
それと同時に蜂型の魔物が無差別に私や男達に襲い掛かった。
「クソッ!死ぬなよ…」
男達は蛇の魔物と闘って切り捨てながら、蜂の魔物から逃げた。
(私なんでこんな目に遭ってるんだろう…)
と思ってしまい、
涙が溢れてきた。
「コラ!泣くな。…砦なんかに連れて行かれたら、もっと高ランクの魔物と闘わせられるんだぞ、お前は。それなら人間相手に闘って、金を溜め込んだ悪徳商人どもから巻き上げた方がマシだろが」
「………」
(攻撃魔法も教わってないのに、高ランクの魔物と闘わせられるなんて、ある訳ないでしょうが!と言いたいのに猿轡に邪魔されて言葉にならない)
「にしても、上玉だな…。このまま連れてってもお頭や幹部連中が楽しむだけで俺達にゃ回って来ねえだろうし、今の内に楽しませてもらうって訳にゃいかねぇか?」
「おい、バレたらどうすんだよ?」
「バレやしねぇさ。上の連中なんて他人の話なんざ、これっぽっちも聞きゃしねぇじゃねぇか。女が何か言ったって耳を貸すような人らじゃねぇって思うんだがな…」
「…だがここじゃいつ魔物が出てきやがるか分かったもんじゃねぇぞ」
「近くの村の連中が使う炭焼き小屋はどうだ?2人も見張りにつきゃあ、交代で楽しめるだろ?」
「あそこか…まぁ、そこまで遠くは無いし。そうだな、アジトに戻る途中で魔物に襲われて手間取ったって事にすれば、その位の時間の遅れは誤魔化せるかもな…」
「………」
(ヤメロ!と言いたいのに言葉が出ない。魔法使いは国によって勝手に処遇を決められるという事に憤っていた先日までの自分を殴りつけてやりたくなった。こんな目に遭う位なら砦勤務の方がマシだ!)
「猿轡は取るなよ」
私は小屋に転がされた。
「ヨガリ声が聞けねぇのは残念だが、仕方ねぇな。妙な呪文でも唱えられちゃ堪らねぇからな」
「服は破くなよ。先に楽しんだってバレたら大事だからな」
縄で縛られた状態なので、縄を解かないと服は脱がせられない。
「胴体の縄はそのままにして、足の縄だけ解いて股を開かせれば良いだろ?」
「だけどよ。色々弄って気持ち良くしてやらなきゃ濡れねぇだろし、入らねぇんじゃねぇのか?」
「お前モテねぇくせに、やけに女に甘いな…」
(4人で交代で犯そうとかするヤツが女に甘いもんか!アホか!こいつら!)
万事休す。
(意識を失いたい時に意識を失えるのなら良かったのに……)
その時外でゴトリと物音がした。
「おい、どうした?」
「………」
「返事がねぇな」
そういって1人がドアへ向かう。
「返事くらいしーー」
その途端にドアが開いて、ドアへ向かった男が吹き飛んだ。
「何だ!?」
と言って私の直ぐ側にいる男が立ち上がろうとして
「ギャッ!」
と奇妙な声を上げて崩れ落ちる。
助けられたのだろうか?
と思う気持ち半分。
新手の悪党かも知れない…
と思う気持ち半分。
「大丈夫か?」
と声が掛けられる。
その顔を見て安堵する。
緊張の糸が一気に切れて…
私は先程の念願通りに気を失ったのだった。
***************
私が再び目を覚ました時には
そこは馬車の中だった。
盗賊達は大半が取り押さえられて縄で縛られていた。
護衛の冒険者達は本当に腕利き揃いだったらしい。
「近くの町に寄って警備隊に引き渡さなきゃな」
「面倒だな、殺しゃ良いだろ?戦闘中に殺っちまったって事にすりゃ後腐れなく先に進めるぜ」
「お前は命を簡単に奪い過ぎるんだよ」
「アホか?こいつら武器振りかざして襲ってきた奴等だぜ?コッチを殺そうとしてやがったんだ。自分も殺される覚悟は出来てた筈だろが」
「だがコッチは誰も死なずに賊どもを制圧できた。警備隊に引き渡して奴隷落ちさせるって旦那が判断したんだから、それに従うのに不満を持つ筋合いは無いだろ?」
商会の専属護衛達の話し声がする。
私は馬車から降りた。
「あ、あの、ザカルさんは?」
「あ、気がついたんだ?」
「アンタ無事で良かったね」
「まぁ、盗賊に攫われるより餓鬼や豚鬼に攫われる方が悲惨って話だし。これから辺境で働くんなら、ショックな事にも少しずつ慣れていった方が図太くなれるってもんさ」
「お前は慰めになってないんだよ。…っと、ザカルの旦那は向こうの馬車の方に居るよ。ほらあそこ」
一番年長に見える人が教えてくれた。
私はザカルさんの元に向かった。
気配を感じたのか丁度ザカルさんが振り向いた。
まだそこまで近くに寄ってはいないけど声は届くだろうと思い、少し大き目の声でお礼を言う。
「ザカルさん、先程は助けて頂き有難うございました」
「ああ、君が無事で良かったよ」
ホッとしたように笑顔を見せてくれるのだが…
(イケメンの微笑の破壊力半端ない…)
初対面の時に
(女の人達を誑かして散財させてそう)
だのと思ったのだけど。
(これなら誑かされる気持ちが判る…)
と思ってしまった。
だがまぁ、疑問はある。
「助けて頂いて、こちらはとても助かったんですが。あんな場所に来られたという事はザカルさんも危険な目に遭われたんじゃないんですか?」
「私の危険は日常茶飯事だよ。今更、って感じだね。君も辺境で活動する事になってるんなら、もっと危険に備えて自分を鍛えた方が良いと思うね」
「ええ、まぁ。…ですが見習生は戦闘に関しては防御魔法しか使えないんです。しかも今回は防御魔法が無効化されました」
「魔剣だったね。それなりの腕の者が使うと、そういった厄介な効果を発揮するから、魔法使いも無敵という訳じゃないんだよ」
「護衛の方々は魔剣にはどうやって対処されたんですか?」
「やはり強力な魔道具だね。魔剣は触れた対象の魔力を分散して魔法の構成を解体する効果を持つ。
魔力がエーテルとアストラルライトの混合物なのは知ってるね?
仲介要素によって混じり合っている混合物から仲介要素が奪われれば分離する。
魔剣は仲介要素を吸収して変質させる作用があるんだ。
なので魔剣のような魔法封じを封じるには仲介要素以上に吸収されやすい要素を大量に発生させて魔剣に吸収許容量を超えさせて吸収させてやれば良い」
「…仲介要素以上に吸収されやすい要素ですか?」
「魔道具は高額だが我が身を危険から守る為の備えとして、必要になりそうなものを一通り揃えておくと良いよ」
「そうですね。でもその為には頑張って稼がないと…」
「まぁラーヘル砦勤務は人外境巡回もあるし。見習生が一人前になるには一番手っ取り早い場所だと思うよ」
「あの…森の中で盗賊達に運ばれてる時に魔物に襲われたんですけど。
盗賊達は辺境に行くともっと高ランクの魔物と闘わせられるぞ!って言ってたんです。
ラーヘルの砦は本当に私みたいな見習生を高ランクの魔物と闘わせるような所なんでしょうか?」
「そりゃ無いね」
「そうですか?」
「うん、そんな事させたら鍛えられて強くなる前に死ぬでしょ?君?」
「ええ」
「反社会的な連中や犯罪者は国に対して不満を持つ連中が多いから。
魔法使いを味方に引き入れようとして、色んなデマを拡散するんだよ。
盗賊やら革命家やらが魔法使いを拐かす時に『国は魔法使いを使い潰してる』って感じの事を吹き込むのは連中の常套手段だね」
「でも、ラーヘル辺境伯に関しては余り良い話は聞きませんよね?」
「ん?君は一体どんな話を聞いたのかな?」
「そうですね。研修時に一番お世話になった先生からは、伯爵は極端な能力主義で無能の烙印を押されたら容赦なく切り捨てられると聞きました。
別の先生達からは随分と行動的な方なのでお忍びで動く事もあって影武者が何人もいるとか、変装の名人で偽名が幾つもあって、偽の立場も幾つも持ってるとか。
皆が『ヤバイ人だから決して気を抜くな』と言ってました」
「成る程」
「あと、伯爵の取り巻きの方々が寵を争ってる様子が女が嫉妬する様子にも似てるので、実は同性愛者で、側近の方々と肉体関係を持ってらっしゃるんじゃないか、とか」
「興味深い」
「私が側室になってしまった場合かなり悲惨だろうなと、散々脅かされました」
「いや面白い」
「あ、もしかしてザカルさんは伯爵と面識があったりとか、されませんよね…?」
「う〜ん。あるような、ないような…」
「え?」
「いや、冗談です。しかし伯爵が噂通りに冷血漢で傍若無人な同性愛者なのだとしても、私は君なら何とか彼を導いて幸せになれるんじゃないかと思うよ」
「導いて…ですか…」
「ええ、期待してますよ」
「はあ…」
気のせいなのか…。
何故かザカルさんの笑顔が意地悪そうに見えた。
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