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辺境ラーヘル
道のりは順調、とは言いがたく。
最寄りの町の警備隊に盗賊を引き渡して再びラーヘルへ向かう事になった後にも慮外者達の襲撃に遭い続けた。
「もしかして大手の商会と一緒に行動する事で余計に狙われ易くなってるんじゃないでしょうか?」
という質問を随行員のエレクさんに言ってみた。
ズエーブ領自体の治安の悪さもあるのだろうが、余りにも狙われ過ぎている。
「それは寧ろ逆です。賊は決して金目当てで我々を襲っている訳ではありません。
金や商品は連中にとってはついでの駄賃代わりです。
狙われてるのはあなたなんですよ?
自分の存在の希少性についてもっと自覚してください」
「希少性ですか?」
「ええ、単に魔法使い適性があるだけの人間には大した価値はありません。
それが拝領式を経て魔法行使媒体を神から授かる、世界の理に干渉する力を持つ事で、その価値が跳ね上がります。
しかも見習生は防御しか習いません。
拝領式と研修を終えて配置先へ向かう今の時期が、一番無防備です。
だからその力を悪用しようと思っている者達にとっては拐かす絶好の機会なのです」
と言われ諭された。
私は襲撃が大商会の金と商品目当てのものだと勘違いして「迷惑している」方なのだと思っていたのだが。
(実は私の方が皆様に迷惑をかけていた側だったのか…)
【月影の書】を持ち、防御魔法しか使えない状態というものは、
その力を欲する者達にはカモがネギ背負って歩いているようなものらしい。
自分がそうした危うい状態なのだという事に全く気づいていなかった。
魔法省が「たかが見習生」に赴任先まで随行員のみならず護衛まで雇ってくれる筈である。
(シムラーさんが雇った護衛が無愛想なのも、そういった事情を知って面倒臭がっていたからなんだろうな…)
と腑に落ちた。
そうとも知らずに彼らの人間性を疑うような人物評価を下してしまっていた事を自分で恥じた。
(商会側の護衛さんは襲撃が相継ぐのが私のせいだと知らないから、屈託なく接してくれているんだろうな。でもザカルさんは…)
「そういった此方側の事情は商会側の方々は御存知なんでしょうか?」
気になって尋ねたら
「その点は会頭次第ですね。赴任先へ向かう見習生との随行を依頼する各商会の会頭へは当然事情は報らせてあります。
ですがその傘下の方々にまで話が通されているかどうかという問題は我々の手を離れています」
と言われた。
(何も知らないで厄介をかけてるのだとしたら申し訳なさ過ぎるけど。でも、私自身が悪いんじゃなくて「襲ってくる方が悪いんだ」って事は解っていて欲しいな…)
「もしかして今頃、私の同期生の皆も同じ目に遭っているんでしょうか?」
気になったので訊いてみた。
「そうですね。社会に不満を持つ者達や他国の支援を受けながら我が国で革命を起こそうとしている組織は、情報網を広く持っています。
見習生の研修中の成績や適性、容姿や性格、配置先や、いつ頃何処を通るのか?等といった情報も漏れている可能性があります。
あなたの場合は講師の研究者が助手に指名しようとしていた『ラーヘル辺境伯が側室に望まれている』といった付加価値が付いています。
他の方々よりも狙われる確率が高かったので、護衛は大金が支払われて本物の腕利きが集められています」
(それは解った)
「ガーローンにいる間は自分達が狙われるような存在だなんて私達の方でも誰も気づいてなかったと思うんですけど…」
「魔法省の近隣関連施設は厳重な結界によって保護されています。
立ち入りを許可されている者以外の侵入は難しいでしょう。
見習生達の外出に関しても当人達に気づかれないように、厳重に護衛が付いていました」
「全く気づかないうちに守られながら見張られていたんですね…」
気配を察知するようなスキルが皆無なので、言われても、どんな方法で見張られていたのかが判らない。
「見習生に防御しか教えない理由を御存知ですか?」
エレクさんが質問した。
「いいえ」
予想はつくけど、事実は知らない。
「あなたは一度賊に攫われて怖い思いをしているので、今の私は正直に話しますが。
反社会勢力の恐ろしさと不条理さに気づかずに、国家に対して不満を持つ魔法使いや見習生は、その不満を煽られて、上辺だけで同情する反社会勢力に容易く誑かされます。
攻撃力をふんだんに持つ魔法使いや見習生がそうやって国家の敵になった場合に、それを取り締まる事は容易ではありません。
魔法を使えない我々としては[国家と国民に仇なす可能性が払拭されていない状態の魔法使い]に対しては知識を制限する事で、取り締まりに掛かるリスクを少しでも減らそうとしているのです」
「要するに見習生には愛国心が無いので信用されてないって事なんですね?」
「言葉は良くありませんが、率直に言えばそうです」
(それだと一生教えてもらえない可能性もあるんじゃないのかな?)
「信用されて攻撃魔法を教えてもらう場合というのは、何が決め手で信用されるんでしょうか?」
「その判断は私クラスの人間が下す訳ではありませんので、分かりかねます」
「そうですか…。でもそんなに魔法使いが反社会勢力に誑かされて叛意するような事態って起きてませんよね?
少なくとも魔法使いが叛逆して処刑されたなんて話は聞いた事がありませんから」
本当にその手の話は聞いた事がない。
「話が漏れないように風聞は制御されています。
見習生が拐かされた場合、自力で返ってくる者は殆どいません。
反社会組織による虐待に耐えきれずに死亡している場合もあれば、
洗脳されてしまい外患誘致の活動に従事し、その後確保され処刑されている場合もあります」
(やはり大衆の中には無駄に騒ぐ人達もいるだろうから、無駄に大騒ぎにならないように箝口令が引かれる事が、結果的には国民皆の為になってるのかな…)
「そのような危険に関して事前に説明が無かったのはどうしてですか?」
(正直、言って欲しかった)
「言っても無駄だからです。
反社会勢力の恐ろしさと不条理さに関しては、それを実際に体験して実感しない事には理解できません。
反社会勢力の恐ろしさと不条理さを切々と語って教えていても、実際に遭遇した時に意外な程に人情味があると感じられる事もあります。
そうなると逆に国に対する不信が芽生え、反社会勢力に取り込まれ易くなる可能性が高いのです」
(そう言われてみれば…)
「そうかも知れませんね。私は攫われる前までは『この国は魔法使い見習生に自由を認めないのか?』と不満に思ってましたけど。
攫われた後は『制限され見張られる事で守られていて、人間らしく扱われていた』のだと気付きましたから」
自分を振り返って述懐した。
「そうやって気付く人も多いです。気づかない人も多いですが…」
エレクさんが疲れたように溜息をついた。
「あの、もしもですよ?
もしも私の同期生達も襲撃を受けていて、運悪く反社会勢力に捕まっていて居場所が判らなくなっていたとして…。
私に、その居場所を探る方法がある場合は、私はお役に立てるんでしょうか?
実は私も含めて同期生全員が同じブレスレットを付けていて、そのブレスレットは私が作ったものでして
発信機機能が付いてます」
エレクさんが目を見開いた。
「本当ですか?でも何のために発信機機能付のブレスレットを?」
興味ありそうに、
それでいて訝しむように
エレクさんは私を見詰めた。
「使い魔の蜘蛛の糸を使った実験です。シェメシュ神殿を出て直ぐに馬車の中で【月影の書】を使って所在地確認をした時点では、ちゃんと機能していました」
余り実験の事で詳しく聞かれるのは避けたいが、皆の安否に関わるかも知れない問題なので、話せる範囲では正直に話そうと思う。
「それは、とても助かると思いますが、情報の伝達は各々の救難信号が本部に伝わる程度。
我々も未だラーヘルまでの道中にある以上、此処からでは他の見習生達の道程を確認する事が出来ません。
ラーヘル砦に到着後直ぐに本部に連絡を取って頂いて、他の見習生の安否確認をし、所在不明者がいた場合に捜索協力ができることをお話になれば発信機による情報が役に立つと思います」
曖昧な笑顔か無表情でいる事が多いエレクさんにしては、
珍しく清々しい笑顔を見せてくれた。
***************
辺境ラーヘル。
地元の人達はラーヘル砦を
ゲフェン城と読んでいる。
ゲフェンはこの地の英雄の名であり、 その子孫が名乗る名でもある。
200年程前のゲフェン氏が叙爵し、ラーヘルを治めるようになり、ゲフェン・ラーヘル辺境伯と呼ばれるようになったのだという。
現辺境伯は7代目当主。
アイル・ゲフェン・ラーヘル辺境伯。
今日からこの砦で寝泊まりすることになる。
仕事はーー
砦の彼方此方、領地の彼方此方にある「退魔結界用の魔道具」に魔力を注いで回る事。
そして決められた担当区域の清掃と浄化。
その後の状態情報保存と、
日々の清浄状態の上書き。
砦の主人である伯爵に直ぐに御目通りできる筈もないので
「数日中に挨拶を受けて頂ける機会が来るだろう」
という事で、私は到着したその日のうちに先に仕事を習う事になった。
エレクさんは砦の司令室にある連絡用魔道具を借りて本部と連絡を取りたいと願い出ている。
許可が下り次第、連絡用魔道具で他の見習生の安否確認をしてくれるらしい。
その際には私も同行する事になっている。
発信機の位置情報を確認しても
「まだ着いてないだけなのか?」
「実は既に拐かされているのか?」
区別が付かない。
既に拐かされている者に関してのみ、
その位置情報を詳細化して情報提供するつもりでいる。
そうして
ラーヘル砦に到着して翌日の朝。
伯爵に御目通りして、直に連絡用魔道具を使いたい理由を説明するように、という言伝てがあった。
通路を進むとエレクさんの姿も見える。
私達は挨拶を交わす。
「おはようございます」
「おはようございます。今朝はお時間大丈夫ですか?」
早速仕事が始まっているので、今朝の仕事を心配してくれているらしい。
「はい。午後からで良いと許可を得てます」
「そうですか」
「それにしても連絡用の魔道具などというものがこの世界にはあったのですね…」
「私達が買えるような金額のものではありませんので、それこそ軍事目的や、今回のような国家の損失に関わる事態に関してしか利用する機会はないと思います」
「因みにいくらぐらいするんでしょうか?」
「稀少な素材を使って造られている筈なので、一財産つぎ込む事になるのではないかと思います」
(成る程)
「そんな貴重なものを使わせて頂くのなら、やはり何を連絡するのかもお話するのが道理でしょうね…」
(使い方が判らなくてウッカリ壊したりしないように、誰か着いててもらった方が良いのかもね)
「そうですね。伯爵は噂では大層な愛国者だとの事ですから、魔法使い見習生が拐かされていた場合の捜索の為だと言えば、ご協力頂ける可能性が高いと思っています」
とエレクさんが話しているうちに執務室の前までは来ていた。
扉の前にいる護衛の人が私達の名前を確認する。
中から扉が開かれ、秘書か執事に当たるらしき人が
「こちらへ」
と迎え入れる。
「「失礼します」」
エレクさんも緊張してるからなのか、
二人の声が被っても、
それを面白いとも感じる余裕もなく、
身体を堅くしている。
私もひたすら礼儀に反する振る舞いをしでかさずに済むようにと、
少し自意識過剰気味に自分の姿勢を正してつくり笑いを表情に貼り付ける。
伯爵はまだ若い人のようだった。
何かの書類に目を通していて、やや俯き加減で僅かに顔を顰めている。
「新しい魔法使い見習生と魔法省からの随行員が御目通りに参りました」
秘書さんが話しかけると、不意に伯爵の集中力が切れたかのように、彼が顔を上げる。
(あ………)
「ザカル、さん……?」
私の惚けた表情と態度が無礼に当たるのか、エレクさんが肘で私の腕を突いた。
エレクさんがぎこちなく
「お初にお目に掛かります。エレク・ビシュビルと申します」
と自己紹介する。
私もそれに倣って
「お初にお目に掛かります。俗名をマートル・メイム。魔法名をイオリ・ミヤジマと申します」
と自己紹介する。
伯爵は重々しく話しかける。
「ああ、なんでも連絡用魔道具を使いたい、とかいう話だったな?」
「左様でございます」
エレクさんが答えた。
「拐かされた見習生が出てないかどうか魔法省本部に問い合わせ、既に拐かされた者があれば、捜査に協力する、という理由で間違いないか?」
「間違い御座いません」
「ふむ。なら問うが。拐かされた者の捜査にお前達がどうやって協力するつもりなのだ?
何か妙案があるのか?
それとも拉致実行犯や背後組織に関して何か情報があるのか?」
「それはイオリ嬢の同期の見習生に限ってのみ発信機機能というものを利用して位置情報の探索が可能になっています」
エレクさんがそう告げると
伯爵は私に目を向けた。
「お前は発信機機能などというものを何処で知ったのだ?」
「魔法省の方々や王族・貴族の方々は御存知かと思いますが、我々魔法使いはほぼ全員が前世の記憶を持つ異世界からの転生者で御座います。
私が前世で過ごした世界では[魔力]の代わりに[電磁波]というものが活用されておりまして。
そのエネルギーを使った技術による様々な品が溢れておりました。
他人の居所を突き止める道具として発信機というものがありました」
「【地球世界】か?」
「はい。よく御存知で」
「私はこう見えて魔法研究者でもあるからな、ツカサ・サノとは度々意見の違いから論争している。
敵のことを調べ把握するのは戦いの基本だからな。
それで。その位置情報探索は今直ぐ出来るのか?」
「はい。お望みであられるならば」
「うむ。所望する。見習生達の所在を示してみせろ」
私は命令されるがままに【月影の書】を起動させ、発信機の位置情報探索を実行、探索結果を表示して見せた。
普段通りの設定ではモニターに表示される文字や画像は私以外の人間の目には見えないので「情報共有化」機能をオンにする。
「そうか…これが。……それはそうとコレとコレの位置情報は赴任先からズレているように思えるぞ」
伯爵は呟いた。そして
「今直ぐ司令室に向かう。ついてこい」
と言うと颯爽と扉に向かった。
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