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異界の扉
ニムロド、
コル(リーレン)、
エムーナー、
この三名は暗示だけではなく自我の上書きが必要だと判断した訳だが
どんな順番でどんな手順で片付けていくかも考えなければならない。
ルーシュセアール邸に転移した時で懲りたのだけど、敵を甘く見てはいけない。
あの手の偉そうに踏ん反り返っているオジサン達の周りには優秀な人材が集められているのだ。
しかしニムロドとコルは「ナハル人への恨み」が刷り込まれている可能性が高い。
エムーナーのように特殊軍事活動の一環として行動している訳では無いのだから。
なので私は
先ずはニムロドを
次にコルを
そして最後にエムーナーと
この順番でいく事に決めた。
さて
ニムロドーー
ルーシュセアールの跡継ぎのセケルに成りすましている男だが。
こいつはルーシュセアールのように常に警護が付いているという事はない。
しかしルーシュセアール邸に居るので、使い魔に見張らせると心眼持ちに不審がられる可能性が高い。
ルーシュセアール邸の外に使い魔を待機させて、出て来た所を追尾して人気のない場所でルビーに仮性眷属化をさせて、それから自我を上書きする事になる。
ルビーの仮性眷属化が効いたことからして、精神干渉に耐性があるという訳でも無さそうだが、油断せずに行こう。
そこまで考えてからーー
私は母の姿に変装してから使い魔の魔法陣を拡大して首都のアブドゥーニの元へと転移した。
アブドゥーニの私室に転移した後
アブドゥーニと共に私室から出た。
すぐに護衛のホデシュ様がやってきた。
「お早う御座います」
とホデシュ様が言ったので
「ああ。お早う」
「お早う御座います」
とアブドゥーニと私も返事をした。
私達は朝の挨拶を交わして階下へ下りたのだが、家令も子飼いの魔法使いもやって来ない。
(どうしたのだろうか?)
と思っていると
やっと家令がやって来た。
しかし慌てた様子で
「お客様です」
と告げた。
早朝という訳では無いにしても
朝っぱらから外務大臣の屋敷をアポ無しで訪れるとは随分と無礼な客だ。
「誰だ」
とアブドゥーニが不機嫌に尋ねると
「ルーシュセアール公爵がお越しです」
との事だった。
思わず私とアブドゥーニは顔を見合わせた…。
家令の話だと
ルーシュセアールは何か苦情を言うために怒鳴り込んで来た様子だったらしい。
取り敢えず、ルーシュセアールを彼の護衛と共に応接室に通して、アリとエルに応接室の前で見張ってもらってるのだとの事。
(そういえば昨日、暗示掛けた後、ちゃんと暗示が有効化してるかどうかを確かめなかったなぁ)
という事に思い当たった。
「あー。御免、アブドゥーニ。昨日、私、やらかしたかも?」
とアブドゥーニに告げた。
「一体何を…」
とアブドゥーニが訊こうとしている間にも、応接室からルーシュセアールが飛び出して来た。
「この悪党が!私の娘を何処にやった!」
とルーシュセアールがアブドゥーニに怒鳴りつけた。
アブドゥーニは当然の事ながら何が何だか判らない。
「リフネ!お前もだ!そんな男に取り入る為に娘を、マートルを捨てるなど!」
とルーシュセアールが怒鳴った。
(そうだった。「母さんの恋人が私に色目を使ったので母さんに捨てられた」と話したんだった。しかも私は母さんの姿に変装してアブドゥーニの秘書をしている。目撃者からアブドゥーニの新しい秘書の容貌が伝えられれば、ルーシュセアールとしてはこう出てくるよなぁ…)
私は溜息を吐いてから
変装を解いた…。
途端にホデシュ様が目を見開いた。
ホデシュ様も居るし色々とややこしい事になる気はするが…
私がこのオジサン(ルーシュセアール)の娘である事は間違い無さそうだし、変に拗れるよりは誤解を解いておいた方が良さそうだと思ったのだ。
「落ち着こうね?お父さん」
と私がルーシュセアールに声をかけかけると
「「「「「へっ?」」」」」
その場に居た
アブドゥーニ、家令、ホデシュ様、アリ、エルの全員が間抜けな声を上げて固まった。
先ずは
ルーシュセアールにーー
実父に私の本当の生い立ちを説明する。
「ーーという訳で、母さんがアブドゥーニの愛人をしてる訳ではありません。
母さんはメイム氏と一緒にネフマドで所帯を持って暮らしてます。
弟も二人居ます。勿論、そっちは父さんとは無関係の子ですが」
「お前はどうして自分が魔法使いだと話さなかったのだ?」
「魔法使いだとバラしたら目立つ容貌なので直ぐに私の所在も所属もバレるでしょうが。
ラーヘルの手の者だと判ったとして、お父さんは私の言い分を聞く気になったんですか?」
不満そうな実父にこちらの都合を説明して、それを呑み込ませるのは骨が折れる。
「それもこれも貴方達が売国政治をしてラーヘルを敵視してるから悪いのです。
何故ラーヘル側の要請に応じてホデシュ様を返さなかったんですか?」
と私が訊くと
「売国政治とは人聞きが悪い!私達は陛下の意向を反映させて政を行っているだけだ」
と実父が反論した。
「その『陛下の意向』が『売国的』なものである場合には『陛下をお諌めする』のが臣下の務めなのではないですか?
そもそもがお父さんが跡継ぎにしているセケルも中身はシュナハーカムに洗脳されたテーマン人なんですよ?
知ってましたか?」
と私が爆弾発言をすると
その場にいた全員が目を剥いた。
「話すと長くなりますがお話しましょう。お時間はありますよね?
もしかしたら国の存亡に関わる話かも知れませんよ?」
と脅して
私は無理矢理全員をこの場に釘付けにした。
使い魔の転移魔法陣を使った転移に関しては、昨日の記憶が消えていない以上。
どうせ見られているのだから私の技の一つとして話した。
それを話さないと自在に転移してマータール、レビ、ハニナを眷属化した話が出来ないし。
(流石に[時間操作]に関しては話さなかったが)
そしてマータールを眷属化した時の話をしないとセケルの中身が偽物である事を説明できない。
「そうした魂移しに関して信じられないのなら今からでもマータールをこちらに呼び寄せます。
マータールが到着次第、誰かが実験台になってくれるなら実演しても構いません」
私はそう言って
使い魔達を呼び寄せてボイスメモに
「大至急、首都のミグジル邸に来るように」
と吹き込んで、その場でラーヘルへ転移させた。
「マータールは私の使い魔ではなく眷属なので使い魔の転移魔法陣は使えません。
なのでシェメシュ神殿まで飛行魔法で飛んで、そこから転移して首都に来ます。
直ぐには来れませんので、今の内にお仕事を済ませておいて下さい。
そして誰が魂を吸われる実験台になるのかクジ引きでも何でもして二名選出しておいてください」
私は冷徹にそう告げた。
その言葉に従ってルーシュセアールは
一旦ミグジル邸から出ていってくれた。
すると今度はホデシュ様が騒ぎ出した。
「何故お前が此処に来たんだ?しかも私をラーヘルに呼び戻すのに尽力する為に…」
と嬉しそうな顔で訊いてきた。
(こっちがまだ未練があるかのように誤解されるのも面倒だよなぁ)
と思いつつ
「仕事と趣味を兼ねて、ですかね?
元々私は売国奴を炙り出して暗示を施していくつもりだったんです。
そこに丁度ホデシュ様の帰還要請の後押しをアイル様に依頼されたのです。
アブドゥーニに帰還要請を後押しする発言をさせてみて、反対する連中を『反ラーヘル派』と見做し、真っ先に暗示の餌食にするつもりだったんですよ」
と正直に話した。
「そ、そうか…」
とホデシュ様がシュンとなった。
私に未練が無いのを知ると
デカイなりをしてドナドナの仔牛みたいに絶望したように肩を落とすのが
何とも可笑しい。
こういうところが可愛いのだけど
ここで絆されてやる訳にも行かない。
「マータールが来たら魂を吸わせると仰っていましたが…その実験台になる人間をどうする気ですか?…殺す気なのですか?」
とアブドゥーニが尋ねた。
「一応、殺さずに済む方法を考えているのだけど。
今までやったことないから上手く行くのかも判らないし。
…死ぬかも知れないと言えば死ぬかも知れないね…」
と私は答えた。
私がマータールにさせようとしているのは
「二人の人間から魂を吸い出して、その二人の魂を入れ替えて注入する」というものである。
上手くいけば
二人共死なない。
中身が入れ替わるだけだ。
だが「再びもとに戻す」ことが可能かどうかは分からない。
だが目の前でやって見せなければ
「中身が別人」な存在が居ることを立証できない。
これはとても大切な事なのだ。
なにせ、これが立証されれば
「肉体的には純粋なナハル人だが、中身は反ナハルの外国人」などの存在も認知されるようになるからである。
これは誰にでも起こり得ることなのだ。
たとえ国王陛下にでもだ。
寧ろ国王や王族のような高位の人間の方がこうした魂移しの標的として狙われやすいと思うのだ。
普通は誰もこんな事が起こり得ると想定してないのでバレる可能性が限りなく低いし、その割りにメリットが大きすぎる。
そんな事をーー
私が考えている最中。
ホデシュ様が寂しそうに訊いた。
「俺達は本当にやり直せないのか?…本当にもう終わりなのか?…」と。
彼に対して同情しそうになる自分を抑え込めながら、私は
「そうですね。もう手遅れです」
と答えたのだった…。
マータールが到着した。
再びミグジル邸に来るようにと
ルーシュセアールへ使いを出した。
一応、マータールに
二人の人間の魂を入れ替える事は可能かどうかを訊いたが
「分かりかねます」
と言われた。
(今度こそ私、人殺しになっちゃうのかなぁ…)
と思って、少し気が滅入った。
さて
やっとルーシュセアールが再訪問して来たので、ルーシュセアールの護衛や子飼いの魔法使いをも交えて「魂移し」の実験を始めることにした。
ルーシュセアールは自分の護衛達を実験台にさせようとしていたらしいが
ミグジルが外務省の職員の中から独身の双子を連れて来た。
双子なのだし、独身なのだから中身が入れ替わってもそう大変な事にはならないだろうという考えらしかった。
「死ぬかも知れない」という可能性に関してはどうやら何も伝えていないようだった…。
ルーシュセアールが
「だがそれでは本当に入れ替わったかどうかは判らんだろうが」
と言い張った為
結局、ルーシュセアールの護衛のうち、二人が実験台になることになった。
私は【月影の書】を可視化して画面を拡大した。
そして防犯カメラ用の使い魔の映像を
【月影の書】の画面に反映させて詳細情報の画面反映値を最大にした。
これで魂の粒子がこの場に居る者達全員の目に見えるようになる。
私はルーシュセアールの護衛に注意事項を述べる事にした。
「基本的に多くの人間が魂の四割を失った時点で死にます。
残りの六割が天界へと緊急避難させられるからです。
ですが四割が別の人間の中に入っていた場合、その魂は何故かそのままそこに居着く事が可能になるようなのです。
天界にも魂があって、人間世界にも魂があるという不思議な現象が起こります。
貴方達がセケルだと思っている男はそうやってセケルの中に居座ったニムロドという男です。
ですがそうした現象が誰にでも起こるという保証はありません。
ニムロドは『非魔力持ちを魔力持ちに変化させる』という実験を生き延びた男です。
普通の人間よりも生への執着もモチベーションも強い筈です。
貴方達も生への執着とモチベーションを強く持って下さい。
そうすれば生き残る確率が上がると思います。
これは此国の命運すら掛かった大切な実験です。それを確と肝に銘じてください」
護衛二人は私の言葉に頷いた。
(ちゃんと意味分かってくれてるのかな?王族や貴族が「身体的にはナハル人でも中身が外国人かも知れない」という可能性がある事を立証することに繋がるんだってこと…)
「…マータール。頼みますよ」
私がマータールに声を掛けると
「受け賜わりました。主人様」
と良い返事が返ってきた。
マータールが早速始めた。
護衛二人から魂の粒子を吸い出し、それを互いに入れ替えるように注入し出したのだ。
その様子が画面に映る。
「これが魂の粒子です。心眼スキルを持つ人にも見えるものなのですが、今回は【月影の書】の性能をフルに発揮して誰の目にも見えるようにしています」
私が説明するまでもなく、皆が画面に見入っている。
肉眼でマータール達を見ても何が起こってるのかなど判らない。
だけど画面を観れば確かに護衛達の中から何かが吸い出されて、互いに注入される形で入れ替えが行われているのが判る。
(死なないでくれれば良いのだけどね…)
私は祈るような気持ちで二人を見詰めた。
するとマータールが私の方をチラリと見遣った。
そろそろ四割を吸い出し終わる頃なのだろう。
二人の様子をつぶさに観察すると
予想外のモノが目に入った。
二人の背後にアーモンド型の波紋のようなものが生じたのだ…。
私はアイナバアルの手記を思い出していた。
「アーモンド型の虹色の硝子…。異界の扉…」
私が思わず呟くと
ルーシュセアールが私の肩に手を置いた。
私が気を失うと思ったのかも知れない。
自分でも顔色が悪いのが判った。
(異界の扉を通って六割の魂が参入待機空間に転送されるという事なのだろうか?しかし本当に参入待機空間に転送されるのだろうか?本当に【世界】のセーフティーネットが働いているのだろうか?もしかしたらもっと別の不条理な干渉によって引き起こされている現象なんじゃないのか?)
私は食い入るように
護衛二人の背後に現れたアーモンド型の虹色の硝子のようなモノを見詰めた。
それはアイナバアルが異界と繋がっている門だと思っていたように
やはり何処かと繋がっているのだろう。
二人の中に残っていた魂が一気に、その門へと向かって流出した。
そして身体に残っていた六割を全てを回収した後は、その姿形は薄れて再びアーモンド型の波紋を生じさせて消えた。
護衛二人は立ったまま気絶したかのように硬直している。
「生きてますか!?」
私は問いかけるが答えは無い。
辛うじて脈は有る…。
「マータール。この後はどうなる?ニムロドの時はどうだったの?」
私はマータールに尋ねた。
「ニムロドの時はすぐに意識を取り戻しましたが、この二人に関しては分かりません」
とマータールは冷静に答える。
私が潜在的に期待する気休めの希望的観測に基づく意見など決して言ってはくれない。
マータールはハニナと似ている。
空気が読めないのだ。
私を安心させてなどくれない。
「声が聞こえてるなら暗示も有効の筈です。暗示で意識を呼び戻しましょう」
と私が言うと
アリが珍しく口を挟んだ。
「イオ様。[味方の呪いを解く]呪歌はどうでしょうか?あれは歌詞的には連れ戻しの歌です」
何かに縋りたい気持ちだった所為もあり
アリの意見も尤もかも知れないと思った。
なのでアリに頷いてみせてから
私は呪歌を唄う事にした。
『日は昇り、日は沈み、闇へと戻り、また昇り来る。
風は南へ向かっては北へと巡り、また巡り、また吹き続ける。
川は雨に潤され、海へと注ぎ向かい、海は雨雲を紡ぎ続ける。
森羅万象の絶ゆることなし。
かつて在り、今在り、この先も在る、繰り返される営みに、この身この心を委ぬる。
永遠不変の法と共に、沈んだ日が一巡する道へと沿い従いて、迷いし者が幽界から現世と今連れ帰らるる。
神に仕えし此の者ら、天地の子らと共に。
光よ、在れ!』
本当に祈るような気持ちとはこの事だ。
自分が言い出した実験で人が死ぬなど冗談ではない。
(これでダメなら自我の上書きをしてみるか?)
と私が考えていると
そんな物騒な考えに考え気付いたかのように護衛二人の意識が戻った。
「「………」」
二人共が自分の手を見て服を見て顔を触っている…。
「「本当に入れ替わってる…」」
二人は愕然と呟いたのだった…。
その後、ルーシュセアールは
護衛二人の中身が本当に入れ替わってるのかを確認するために
「当人しか知らないことをそれぞれ質問する」と言って
一人ずつ連れ出して尋問しに行った。
それが済んだ後に
「認めるしかあるまい。魂移しは可能だ」
と苦虫を噛み潰したような顔で言った。
そして
「それならセケルは…本当に中身が別人なのだな。
…だがどうしたら良いのだ。身体はセケルなのだろう?」
と戸惑うように私に問うた。
「お父さん。私の得意技は何も使い魔の魔法陣を使った転移だけではありません。
マータールを見てもらっても判ると思いますが、私は『自我の上書き』で相手の性格や上下関係の認識を変更させる事が出来ます。
ニムロドも身体はセケルなのです。
ニムロドの自我に『自我の上書き』を仕掛ければ別人のように従順になるので何の問題もありません。
ルーシュセアール家の血はそのまま残ります」
私は安心させるように言ったが
「一体『自我の上書き』とは何なのだ!」
とルーシュセアールは混乱したように叫んだ。
「人間をーー生きながら生まれ変わらせる技術です」
私がそう答えると
アブドゥーニ、アリ、エルがハッと息を呑んで、そして頷いていた…。
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