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詐欺師
セケルに成りすましているニムロドに関してだが。
ルーシュセアールは
「本当に中身が入れ替わってるという確信がない」
と言い張り、自我の上書きに関しては待てと言い出した。
信用のおける読心術の使い手を呼んでセケルに質問をしていって、それで事の真偽を確かめると、そう言うのだ。
私とマータールがセケルに関して言っている事に関しては
「勘違い、又は他人の空似かも知れない」
のだと。
(このオッサン、疑り深過ぎ!)
と私は内心辟易した。
しかしそれと同時に
とある考えが浮かんだ。
(いや。…もしかして…)
不吉な考えがではあるが
可能性は無きにしも非ず。
ルーシュセアールも疑り深いが
私もやはり疑り深いのだ…。
ルーシュセアールが早速『信用のおける読心術の使い手』とやらを手配する算段を付けた。
それで「セケル(ニムロド)に掛かった嫌疑を晴らす」というので
今度は私達がルーシュセアール邸に皆で向かう事になった。
ルーシュセアールが招いた読心術の使い手とやらは、遣いを出したからといって直ぐに来る訳でも無いようなので
「私は少し化粧直しをしてから行きます」
と言って、マータールを連れてアブドゥーニの部屋へ戻った。
そしてアブドゥーニの部屋で受信用転移魔法陣の巻物を広げた。
「こちらも読心術の使い手を用意しますから、貴方は他人がこの部屋に入って来ないように見張っていなさい。
巻物は動かさないようにね」
とマータールに言い置いて
私自身は使い魔の転移魔法陣でラーヘルに転移した。
私がラーヘルで調達しようとした読心術の使い手は当然ガーマールさんだ。
相手に触れずして、しかも表面のみならず他人の心を読めるのだ。
そんな便利な人を使わない手はない。
しかしこの案はアイル様によって却下された。
「ルーシュセアールが平民の魔力持ちの発言に信を置く筈がない」
というのである。
(そうかも知れない。あのオッサンはやたら貴賎意識が強いように見受けられた…)
と、私も実父であるルーシュセアールに対して身分差別者という印象を持っていたので、その意見に納得せざるをえなかった。
「それならどうしましょう?」
という訳で
ガーマールさんとアイル様が一緒に転移してくる事になった…。
ーーが、
巻物型の転移魔法陣。
これは使い捨てである上に
何よりも大きさを拡大出来ない。
なので結果的に…
「男性二人が一緒に転移する場合はかなり身体を密着させてもらう事になります。
…そうそう。もっとピッタリ寄り添って、抱き合って」
と私が言うと
ガーマールさんとアイル様は互いにゲンナリしたように顔を背けた。
私としてはアイル様のような超美形とガーマールさんのような東洋系ナイスガイが抱き合う姿に
「眼福、眼福」と腐女子根性を刺激されて興奮するのだが
当人達にとっては、そうした腐女子の好奇の視線こそがウンザリさせられるものらしかった。
しかし魔法陣が起動してしまえば
転移は一瞬で終わる。
こうして私達はアブドゥーニの私室に転移して、その後、ルーシュセアール邸に乗り込んだのだった。
さて私が感じた「不吉な予感」だが…
結果から言えば
それは見事に的中していた。
ルーシュセアールが『信用のおける読心術の使い手』と呼んでいた爺さんは地球でいう所の『自称霊能力者の詐欺師』みたいな人間だったのだ。
地球でも上流階級の人間が度々そうした詐欺師のカモにされて、宗教さながらに詐欺師を盲信して「先生、先生」と持ち上げている訳だが
我が実父ことルーシュセアールもそうした詐欺に掛かっている金ヅル信者の一人だったのだ。
アイル様を含む普通の読心術習得者達は「相手に触れる、又は間接的に触れる」事で読心術を発動するのだが
ガーマールさんの場合はその場に居るだけで読み取るのだから
ルーシュセアールが連れて来た『読心術の使い手』が『手練れの詐欺師』である事を直ぐに看破した。
しかし何処の世界でも似たようなもので
詐欺師に誑かされてる人間というのは
致命的な被害を自分自身が被って破滅しない限り、なかなか詐欺師が詐欺師である事を認めないものなのだ。
『アイル様がガーマールさんに触れてガーマールさんが読み取った情報をアイル様が語る』という方法で様々な事を言い当てるパフォーマンスを行って
その上で詐欺師の正体を暴いてもルーシュセアールは断固として認めなかった。
「私を騙して先生と私の仲を裂いて尚且つセケルにまで妙な洗脳を仕掛ける気だな!」
と言い出して怒るので
完全にニムロド(セケル)を呼ぶ所の話では無くなった。
凄い剣幕でアイル様の事を「辺境伯風情が!」などと呼んで罵るので
詐欺師の正体を暴露したのがガーマールさんだったなら「この無礼な平民を処分しろ!」だのと言い出して殺そうとしていた可能性が高い。
(…我が父ながらバカ過ぎる。やっぱり[時間操作]した時に暗示だけじゃなくて自我の上書きをして眷属化しておくべきだったかな?)
と、私は容赦のない判定を実父へと下した。
(こうやってこのバカと揉めてる間に肝心の連中に逃げられたり証拠隠滅されたりするんだろうな。挙句に私達の方が陥れるような策が裏で着々と練られたりしてるのかも知れないし…)
ルーシュセアールがグダグダと理屈を述べ続けている間に、私はアイル様の腕に手を掛けて自分の考えを伝えた。
それは即座にアイル様だけでなくガーマールさんにも伝わり
彼らの視線に了承の意が宿った。
私は使い魔達を私に寄り添わせ
マータールと手を繋いだ。
そして[時間操作]魔道具のブレスレットに魔力を流して[時間操作魔法陣]を作動させたのだった。
即座にルーシュセアールと詐欺師には自我の上書きを施した。
ルビーにはそれ以外の護衛や魔法使い達に仮性眷属化を施させた。
(後で再び暗示を与える為に)
…ルーシュセアールと詐欺師の二人だが…
二人共簡単に上書きが完了した。
魔法使いでもなければ精神干渉系魔法を使う人間でもないのだから当然である。
しかし何故か
昨日掛けた筈の暗示筈は無効だった。
この屋敷には私の術を妨げる何らかの原因があると見て間違いない。
その原因はーー
やはりニムロドだろう。
私はルビーとマータールを引き連れて[時間操作]を起動したままで
使い魔が捕捉しているニムロドの居場所へ向かった。
といってもーー
ニムロドは自分の私室スペースに居る訳でも何でもない。
隣室に潜んでいるのだ。
何かしらの魔道具を発動させて。
私が目にしたニムロドは
覗き穴から私達が居た部屋を覗きつつほくそ笑み、時間が停止したかのように固まっていた姿だった。
ニムロドが使用している魔道具がどんな作用のあるものなのかは、後でゆっくりラーヘルの魔道具研究室で分解・分析に回せば良いだろう。
先ずはニムロドの魔道具から魔石に外し、魔道具は亜空間収納庫へと収納させて頂いた。
次いでニムロドに自我の上書きを仕掛けたが…
当然抵抗がある。
「マータール。セケルの身体にアイナバアルの魂を注入しなさい」
と私はマータールに命じた。
マータールも時間を無駄にしない子だ。
早速言われた通りにアイナバアルの魂を注入し出した。
すると自我の上書きも進み出した。
なので
「もう良いよ。マータールの中の魂が少なくなり過ぎても困るだろうからね…」
と声を掛けた。
自我の上書きが終わりーー
セケルの身体を持ったニムロドとアイナバアルの混合物のそれはスヤスヤと安らかに眠りに就いた。
なので私はホッと息を吐いて
[時間操作]魔法陣を解除した。
「マータール。貴方の中の魂にも変化が生じたので、また貴方にも自我の上書きをする事になるけど…良いよね?」
と私が振り向いて訊くと
マータールはいつも通り
「御心のままに」
と良い返事を返してくれた…。
元の部屋に戻るとルーシュセアールの護衛達や魔法使い達が仮性眷属化に掛かって大人しくしていた。
こいつらも腕が立つので侮れない。
今度こそしっかりと暗示を掛けておかなければならない。
今回は前回の失敗を反省して
ちゃんと暗示が有効化しているのを確認することにした。
今回の暗示は
「因果応報を受け入れる」
というものだけでなく
「私のする事に疑問を持つな」
というものを組み込んだ。
こうして恙なく(?)
ルーシュセアールを眷属化し、その周りにも暗示を施した事で
それまで立ち入れなかった
ルーシュセアール邸内の立ち入り不可領域に立ち入れるようになったのだが…
ーー酷いものだった。
地球でもインチキ宗教にハマった人達は何の価値もないガラクタをバカみたいな値段で購入して崇め奉る傾向があるのだけど。
ルーシュセアールは裏月において私が最初に知った、その手の詐欺の被害者だと言える。
ルーシュセアールは二人の妻にも先立たれ、子宝にも恵まれず、内心では様々な不安に取り憑かれていたのだろう。
詐欺師から売りつけられた沢山のガラクタを綺麗に飾り付けた「祭壇もどき」のような隠し部屋に篭っては、日がな一日礼拝しながら暮らしていたらしい…。
一方でセケルの身体に宿るアイナバアルとニムロドの混合物であるが…
マータールの中にあったアイナバアルの魂の三割の内、二割をセケルに注いだらしい。
セケルの中にはニムロドの魂が四割入ってる筈なので
アイナバアルの二割とニムロドの四割を足せば六割の魂がセケルに宿った事になる。
マータールの見るところ
ニムロドの四割よりもアイナバアルの二割の魂の方がセケルの中で優勢らしい。
もしかしたらセケルの身体にも「自分を殺したヤツに操られていたくない」というニムロドに対する抵抗があるのかも知れない。
それが私にとっては都合が良い。
セケルが目覚めると、そこには従順なアイナバアルの魂が起動していたからだ。
あとルーシュセアールに「先生」呼ばわりされて持ち上げられていた詐欺師だが。
この爺さん、決して小物ではなかった。
首都の裏社会でも「野良魔法使い」として、それなりの顔利きだった。
この爺さん(ムオードという名前)自身は能力者でも何でも無いのだが。
この爺さんの背後には確かに読心術の使い手が居るようだった。
爺さんの自供によると
爺さんはその「野良魔法使い」の影武者なのだそうだ。
何か失敗できない仕事の時は本物に来てもらってパフォーマンスをしてもらうが
普段は爺さんが影武者として首都の裏社会を仕切って、みかじめ料などの回収を代行しているという事だった。
当然の事ながら
私達はムオードが影武者を務めていた本物の方の人物に関して知ろうとした。
しかしムオード自身「深く勘ぐれば殺される」という気がして相手に対して深くツッコんだ質問をした事がないという事だった。
しかもムオードは素顔のまま活動している。
つまり「野良魔法使い」として裏社会で一目置かれている本物の実力者の方がムオードの姿に変装して活動しているという事になる。
アイル様もガーマールさんもムオードが嘘をついていないと言っているので確かにそうなのだろう。
「いつもどうやって連絡を取っていたの?」
と訊くと
「こちらから連絡を取ったことはありません。
何故かいつも手助けが必要な時には向こうから現れてくれてたんです。
そして儂が回収した金を持っていかれてました」
とムオードが話した途端に
私は心眼で周りを見渡した。
私のものとは違う透明化している使い魔の存在を確認したので、すぐさまルビーに攻撃させた。
逃すと面倒な事になるが、このまま消滅させると敵の正体が掴めない。
私は自分の【月影の書】で、その不審な使い魔の中に宿っている魂の粒子を分析した。
霊動の固有振動数を割り出しておけば、怪しい魔法使いの魂の粒子を分析した時に一致する可能性があるからだ。
ーーだが、その手間は省かれた。
怪しい魔法使いを探す必要などない。
霊動の固有振動数が一致する人物が
知っている人の中にいたからだ…。
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