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アッティラ
ともかく対策が必要だろうと思い
ルビーの攻撃を受けて隙の出来た不審な使い魔を「魔力の檻」で捕らえたのだった。
…それにしても私は運が良いのか悪いのか判らない。
「心眼持ちなど滅多に居ない」と言われているにもかかわらず
私は私の他にもツカサさん、ハーダル様が心眼持ちだと知っている。
そしてその他にも知人の中に心眼持ちが居たという可能性が高い。
何故なら自力でナノマシンと魂の粒子を合成して使い魔を創り出すには、先ずは魂の粒子が見えなければお話にならないからだ。
「…ベラは魔眼・魔耳持ちだという他に心眼まで持ってたのか…」
と私は思わず呟いた…。
魔眼・魔耳持ちで心眼も持ってるのはツカサさんも同様だが。
ツカサさんの場合は「ハーレムは男の浪漫だ!」が座右の銘だという筋金入りの平和ボケ・色ボケの青年なのだ。
そうした高性能の人間が平和ボケも色ボケもせずに本気で悪い事を考えて暗躍する場合
チートさが効率良く発揮され、行使可能な悪事は無限大に広がっていく…。
私の呟きに耳敏く反応したのはアイル様だった。
「何だか今回は『芋づる式』だったな。
次から次によくもまぁ胡散臭い連中の暗躍を短期間でこれだけ掘り当てたものだ。
それで?ベラというのはお前の同期生の成りすましだったな?
カペー国から入り込んだ者だという可能性の高い」
アイル様が尋ねた。
「ええ。ですがムオードの姿に変装して活動していた野良魔法使いとムオードに監視を付けていたベラが同一人物だとは限りません。
組織的に活動しているのなら役割分担があるのかも知れません」
私が答えると
「カペー国の工作部隊なら『アッティラ』かも知れません」
とアブドゥーニが意見を述べてくれた。
腐っても鯛。
流石は外務大臣である。
「ふん。お前のようなシュタウフェン派にとっては『エッツェル』じゃないのか?アーバダイン」
とルーシュセアールが憎まれ口を叩いた。
「『アッティラ』と『エッツェル』って何か違うの?」
と私が訊くと
「シュタウフェン人は『アッティラ』を『エッツェル』と呼ぶんですよ。
我が国は外国の物に関しては『音写』して呼ぶのに対して、シュタウフェンでは外国の物の名称やらを全て自国風に変えて呼ぶのです」
とアブドゥーニが答えてくれた。
「そうなの。それで?『アッティラ』という工作部隊が首都に入り込んで活動しているのだとして、その対策は?総務大臣様」
と私がルーシュセアールをチクリと刺す。
「うっ…」
とルーシュセアールが沈黙する。
それもそうである。
ムオードからガラクタを買い取るのにルーシュセアールが幾ら金を注ぎ込んで来ているのかは不明だが
それらの金は『アッティラ』へと渡り、その活動資金になっている可能性が高いのだ。
下手をしたらルーシュセアールには「外患幇助罪」が降りかかる。
アブドゥーニに嫌味を言っているような場合ではないのだ。
「お父さん。貴方は事の深刻さが理解できてないようですね。
貴方は『アッティラ』に資金援助をしていたという疑いを掛けられても文句は言えない立場なんですよ?
アブドゥーニに憎まれ口を叩くのではなく、アブドゥーニに協力なさいな」
と私が釘を刺すと、ルーシュセアールはシュンとして大人しくなった。
「取り敢えずどうしましょう?
こちらにベラの使い魔が在るので、これと同じ固有振動数を持つ存在が居る場所は【月影の書】で割り出し可能です。
謂わば逆探知です。
割り出して乗り込みますか?」
私がアイル様に尋ねると
「割り出してどうする。
敵の所に転移してまた自我の上書きか?
今のお前に魔力の余裕があるようには思えないのだがな。
…一先ず割り出して、その後は使い魔に監視させておくという事で今日は満足しておいた方が良いだろうな」
と言われた。
「今から転移して殴り込みとなると相手が大勢で手練れだとキツイかも知れないですね。
ですが私がこうして敵の使い魔を捕らえる事で相手の位置を割り出せるように、私の使い魔も探索に出せば捕らえられて私の位置が割り出される可能性があります。
やるなら一気に攻め込んだ方が良いかも知れません。
そもそも向こうが監視映像をリアルタイムで観てる場合は、こちらは完全に後手に回ってます。
それでもリアルタイムで観てる場合には比較的近くに居る事になりますから、こちらも大人数で急襲するには丁度良いかと」
私が淡々と答えると
「ーーだそうです。どうしますか?外務大臣に総務大臣」
とアイル様がアブドゥーニとルーシュセアールに尋ねた。
「そんな連中を野放しにしておく訳にもいくまい」
「私は騙されていた恨みもある」
アブドゥーニとルーシュセアールはそれぞれにヤル気のようだった。
私は【月影の書】でベラの位置を割り出し始めた。
霊動の固有振動数とは本当に不思議なものである。
それ自体が一つの周波数帯を持ち、それが一つの亜空間を形成するのだから。
それは『霊魂存在の固有時空間』と呼ぶ事も出来るだろう。
私の場合はそれを『転移空間』としても利用している。
あくまでも柔軟な発想で有効利用を目指すならば、他にも様々な利用が可能になると思う。
人間が現実世界として認識する物質世界は謂わば【世界】のタイムライン空間だ。
そこに参入者の魂が参入する仕組みには『リンク』がある。
『リンク』を視覚的なイメージで認識するならば、それは『螺旋状の細長い角』のようなものが「【世界】のタイムライン空間」に向かって伸びて接点を創り出しているように見えるのである。
そうした『角』ーー『リンクポイント』が無数に存在して【世界】と繋がっていることが、大勢の参入者が【世界】に参入していることを示している。
『角』の質感は参入者によって違ったものに変わる。
光の矢のように
音波の矢のように
風の矢のように。
或いは
角立つ流体磁気のように
繊維質の綱のように
蔓のように
臍の緒のように
参入者の意識が【世界】に埋没し
肉質化した波調に慢性的に浸かると
参入者の『霊魂存在の固有時空間』も肉質化した空間になるのである。
こうした知識は
様々なものに転生して
様々な人間性になりきって
有りと凡ゆる醜態を晒し尽くし
それらの情報を自らの中で統括してきた参入者にしか実感出来ない知識だ。
それこそ【世界】の認識阻害機能が自動的に発動して「理解出来ない者には理解出来ない」という傾向が強化され
こうした知識は隠される。
私が標的の霊動固有振動数から『霊魂存在の固有時空間』を割り出し
それを【月影の書】の機能で覗き見して、【裏月世界】のタイムライン空間とのリンクポイントを計測できるのも
全ては『霊魂存在の固有時空間』という概念に関して具体的なイメージや臨場感を持っているからである。
(向こうにこちらと同様の技術が無ければ良いのだけど…)
と思いながら私は割り出した座標とナハル国の地図とを照合した。
「…随分と離れてますね。
これならリアルタイムでこちらの動きが覗かれてた可能性は低いと思います。
今の時点で何も気づかれてないなら、ベラの使い魔もまだ処分しない方が良さそうです。
魔力を込めた武器で分解処理できるんですが。
そうすると逆に『使い魔が殺られた、何か異変が起きた』と相手に悟られますからね」
私が言うと
皆が大人しく頷いた。
ベラの居る場所がルーシュセアール邸から、というよりも首都からかなり離れた地点なので「今すぐ大勢で殴り込み」は不可能だという事になった。
なので私はマータールに使い魔を二匹貼りつかせ、マータールにはベラの居る地点の近くまで飛行魔法で行って貰う事にした。
その後に使い魔の転移魔法陣で私が転移すれば使い魔に指示を出しながらリアルタイムでベラの動きを監視できる。
敵の数が多そうなら日を改めて襲撃すれば良い。
敵の数が少ないなら
再び[時間操作]を使って敵の動きを止めてから自我の上書きをする。
そう決めて
マータールを送り出した。
暫くするとマータールに貼り付けていた使い魔の一匹が転移して来た。
「着いた」という合図だ。
なのでルビーを先に転移させてから私も転移した。
ベラが居たのはドーブ領のエトナン神殿の近くの村だ。
そう言えばベラが研修後に配置された砦もドーブ領レシェト地方のミディアン砦だった。
ドーブ領はミディアン砦を挟んでカペー国と隣接しているのでカペー人との混血も多い。
だから紛れやすい。
そういう事もあって、まるで自分の庭のようにカペー人達はドーブ領で自由に活動しているのだろう。
(それにしてもベラがミディアン砦に配置され数ヶ月間かけてミディアンの情報を収集した行為が初めから計画されていたものだとしたら、見習い魔法使いの配置先を決める方々の中に『アッティラ』が紛れこんでいる可能性が高くなるよね…)
(魔法省の今現在の大臣は…以前連絡用魔道具でアイル様と話してた時の感じでは普通のお役人って感じだった気がするんだけどね…)
(それに人事はやはり人事責任者の采配に任されるものなんじゃないのかな。ローア・シッターさんだったかな?私とツカサさんで人事に異議申し立てに行った時に出てきた人…。怪しいと言えば怪しいんだよね…)
私は透明化でベラの様子を監視しに行くように使い魔に命じた。
「決して捕まるな」と言い聞かせて。
そしてーー
監視カメラ映像を見詰めたのだが…
「あ、これはダメだ」
と思ってしまった…。
数が多過ぎるのだ。
完全に『アッティラ』の巣だ。
ヌーデマーの時と同様に村ぐるみの巣。
(これは私の手には負えない)
と思ったのだった…。
『アッティラ』とその協力者達の数の多さに怯んでのこのこ逃げ帰ってきた私だが。
誰からも責めたりはしなかった。
考えてみれば
他国の工作部隊とその協力者を一網打尽にする事など
一介の魔法使いが一人で出来る範囲を超えた行為なのだ。
なので『アッティラ』に関しては
ルーシュセアールとアブドゥーニに任せる事にした。
私は私で他にしなければならない事があるのだ。
ニムロドの自我を無事に上書き出来たのだから、次はコル(リーレン)だ。
その後はエムーナーだ。
それらはレビ(バルアダン)とハニナ(エターンザアム)が過去に仕出かしてきていることの尻拭いに該当する。
レビとハニナは根本的に「他人を思いやる感性が欠如している」ので
彼らに「自分で自分の尻拭いをしてケジメをつけろ!」と言っても
彼らは贖罪に該当する行為が出来ないのだ。
世の中には「他人を殺したり痛めつける事に特化した余り、それ以外の事に関しては徹底的に不器用で、そうした苦手な事を無理にやらせると悉く結果が裏目にでる」ような人間もいる。
その手の人間を私は内心では「天才愚者」と呼んでいるが
レビとハニナはまさしくそれだった。
なので私はダメダメな彼らの保護者として彼らの尻拭いをするのだ。
ルーシュセアールやアブドゥーニはその点はまだ優秀だ。
そしてルーシュセアールに至っては
「『アッティラ』に資金援助した」という疑いを持たれないようにする為にも
ちゃんと騙された恨みを晴らす形で『アッティラ』を検挙しなければならない。
(しかし首都には闇が多いな…)
私はそう思った。
コル(リーレン)が仕えているヤー二・アビフ軍務大臣は『王太子呪詛事件』が起きた当時は魔法省の大臣だった筈だ。
明日はアビフとその一党に暗示を、コルに自我の上書きを仕掛けるつもりなので
その前に『王太子呪詛事件』に関してホデシュ様に詳しい話を訊きたいところなのだが…
ホデシュ様は私が彼の方を見て目が会う度に期待に目を輝かせてくるので
「話を訊く」
といった事が成立する気がしない。
(絶対「ヨリを戻そう」って言って来るだろうし、そうなると『王太子呪詛事件』の話どころじゃなくなる…)
…取り敢えず
ホデシュ様のことは放っておいて
私とマータールとアイル様とガーマールさんはラーヘルに帰る事にした。
「またガーマールと抱き合って転移するのか…」
と、アイル様がげんなりした顔で言うので
「いえ。アイル様はお一人で転移して良いですよ。
ガーマールさんにはマータールと帰って貰いましょう。
マータールも又飛行魔法で帰るのも疲れるでしょうから、今回はガーマールさんと一緒に転移しなさい」
と言ってあげた。
私は亜空間収納庫から巻物型の送信用転移魔法陣を二つと受信用転移魔法陣を一つ取り出した。
ラーヘルに残してきた受信用転移魔法陣が一つしかないので、もう一つ受信用を向こうで広げる必要があるのだ。
なので
「マータール。ラーヘルに転移したらこれを広げて、アイル様がラーヘルに転移出来るように準備してあげなさい」
とマータールに受信用転移魔法陣を託し、ガーマールさんとマータールを一緒に転移させた。
マータールには又も使い魔を二匹貼りつかせたのでラーヘルに着いて準備ができたら一匹が報せの為に転移してくるのだ。
そして行ったと思ったら
直ぐに使い魔が転移して来た。
私は
「さあ、アイル様。どうぞ」
と促した。
するとアイル様が
「お前も一緒に転移しよう」
と言い出した。
途端にホデシュ様が動揺したようにアイル様の方を見た。
(…まあ、それも良いアイデアかもね…)
と私はアイル様の意図を察した。
ホデシュ様はずっと首都に居たので、私とアイル様が関係を持っている事を知らない。
だから「ヨリを戻そう」などと非現実的な事を考えるのだ。
(今の現実を見せつけてやれば良いんだ…)
「ええ。それなら私もお供します」
と私は言うとアイル様と身体を寄せ合って一緒に転移魔法陣を踏んだ。
魔法陣が光り出して発動する前に
アイル様がドサクサに紛れて口付けてきた。
その場に居た皆が目を見開いて驚いた。
ホデシュ様とルーシュセアールが絶望の表情を浮かべていたので
(ゴメンね。お父さん。悪い男に引っかかっちゃって…)
と内心でルーシュセアールに謝ったのだった…。
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