婚約者

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3ab3817d-b793-49e8-8243-5a457c40c479 連絡用魔道具というものは 相手も同じものを持っていなければ 役に立たない。 素材に稀少なものが使われているのみならず、組み込まれている魔法陣も国が定めている秘匿情報に含まれる代物らしく、値段云々の前に先ず入手困難なものなのだと伯爵自身が説明してくれた。 「こんな道具が何故私の所にあるのかと言うと、私が創ったからだ。 私が複数創り、全国の主要部所に寄贈した」 魔法省本部にも寄贈しているとの事で連絡は取れる。 エレクさんも連絡用魔道具がラーヘル辺境伯から寄贈された事を聞き知っていたので、この砦の司令室にもあるに違いないと踏んでいたのだとか。 こういった他にない画期的なものを創れる伯爵が魔法研修者でツカサ先生とは知己であるという話にも信憑性がある。 しかしその魔道具の見た目は、 私の想像の斜め上をいっていた。 黒い金属製の丸い壺型の容器の中に黒いスライムのようなものが入っていて、貝殻で出来ているような質感のチューリップ型の杯のようなものが浮かんでいる。 壺型容器に刻まれた紋様や魔法陣に魔力を注ぐと、紋様や魔法陣が輝き出し、次いでチューリップ型の杯がクルクルと回り出した。 「繋がったぞ」 伯爵がエレクさんを促す。 「エレク・ビシュビルです。お知らせしたい事がありまして連絡用魔道具を使用させてもらっています」 「何事かね?まさか君の担当した見習生も拉致されたと言うのではあるまいな」 何やら偉そうなオジサンの声が聞こえた。 「いえ、私の担当したイオリ嬢は無事にラーヘルに着きました。今はラーヘル砦の司令室から連絡用魔道具をお借りしています。 所で先程、私の所[も]とおっしゃられましたが、既に誰か拉致されてしまっているんですね?」 「そうだ。そちらはラーヘル砦の司令室からとなると、近くにラーヘル辺境伯がいらっしゃるのか?」 「はい。いらっしゃいます」 「大臣、ご無沙汰しています。実はその見習生拉致の件に関してなのですが、こちらに配置されたばかりのイオリ嬢が捜索の役に立ちたいと主張しておりまして、当人が此処におりますので、当人から情報をお受け取りください」 (偉そうな声のオジサンは大臣さんだったのか) (というか、ヤッパリ私が話すのか…) などと当たり前の事を思いつつ、 挨拶を簡略化して話す事にした。 「イオリ・ミヤジマです。 実は私は今期の見習生全員に手製のブレスレットを渡しております。 私もつけているものですが、これには発信機機能というものを付与しています。 ブレスレットが信号を放射していまして、その信号の発信位置を私の【月影の書】で探索すれば、皆がブレスレットを身につけていてくれれば居場所が判ります。 しかし私は皆がどの道を通っているのかまでは知りません。 旅慣れていませんので。 なので誰が何処で行方不明になったのかを教えていただければ、 【月影の書】で行方不明地点近辺の信号発信地点を表示しますので、 その地点の具体的な地名や特徴をエレクさんと伯爵様に指摘して頂こうかと思っております」 立石に水の説明だし、 しかも発信機機能だとかの耳慣れない言葉を聞いたからか、大臣側からは戸惑うような気配が感じられた。 しかしよく解らない説明でも 今は時間が惜しいのだろう。 「詳しい理屈はよく解らないが、事情は判った。 こちらに入った連絡ではシズク・サワキとベン・リチャーズが慮外者らによる襲撃の際に拐かされたとの事だ。 シズク・サワキはテーマン地方のスオラー砦に向かう途中だった。 ベン・リチャーズはシューシャン地方のシェレグ砦に向かう途中だった。 今現在の位置が判るかね?」 そう問われて、 その付近の信号発信地点を見る。 地図を拡大すると、どちらか一方しか画面表示されないので、先ずシズクの行方不明地点に近い信号発信地点を拡大する。 「これだな。随分と離れてるな。攫われてから大分時間が経っているんじゃないか? 異世界の名前からは性別の判断が難しいが、女か? だとすると早目に救出させないとショックが大き過ぎて、助けても使い物にならなくなるぞ」 伯爵が思わずといった様子で呟いた。 「シズク・サワキの現在地はアートーンの森の入り口辺りです。恐らく森を抜けて国境を越えるルートなのではないかと思われます」 エレクさんが大臣に報告する。 そして伯爵が私の方を見て頷く。 次の拡大地図を出せという事だろう。 なのでベンの行方不明地点に近い信号発信地点を拡大する。 「国外逃亡という感じではないな、この地点だとグルゴレットのスラム街辺りか…」 「グルゴレットのスラム街東部近辺だと思われます」 エレクさんがそう告げると 「そうか。分かった。手は尽くそう。しかし余り期待するな」 大臣がそう言って通信は切れた。 (期待するなって最後の台詞がかなり不安を感じさせるんだけど、本音なんだろうな…) 「さて、こちらで出来る協力はした事だし。私としてはそのブレスレットがどのようにして創られたのかに興味があるのだがな」 と伯爵がニンマリと笑った。 「…御存知かと思われますが、魔法使いの知識には、神様が人間達に知られると都合が悪いと判断してらっしゃるものも含まれます。 なので魔法使いが詳しく自分の行った作業に関して魔法使いではない方に知らせる時に、そうした禁止事項に触れると、音声遮断や文字化けが起こります。 なので私としましても、何処までお伝え出来るかは判断しかねます」 程よく断ろうとしたのだが。 「私はそれに関しても一度ちゃんと実験してみたいものだと前々から思っていた。 ここには魔法省職員のエレクも居るし、私の秘書もいる。 誰が何処までお前の話を認識出来るのかを、比較・検討しながら実験してみようじゃないか」 一筋縄ではいかない。 「私、午後からお務めが御座いますので、そこまでゆっくりはしていられないのですが…」 「午後からの務めは今日は免除しよう」 「………」 思ったのだが。 ツカサさんからは「伯爵に有能さを示すように」と言われていたので、 ここで実験に関する話をしても、ツカサさんの指示通りに振舞っている事になる。 しかしツカサさんの言うように「知識と高待遇は互いを生み合う」のは、 それは物騒な集団や組織の脅威度が低い平和な競争精神の通用する空間の中での話なのではないか? と、ふと思った。 私はここに来て「知識」だけではなく「忠誠心」のようなものも求められている気がする。 「お前はこちらの陣営に属するのか?」と問いかけられているような、そんな気がしてならないのだ。 結局、使い魔の創り方や眷属の増やし方。 使い魔の糸の使用法などを喋らされた。 そして私はこの司令室で自分の実験に関する話を白状させられた事で 「お前はもうこちらの陣営の者だ。裏切ることは許さん」と絡め取られてしまったような、そんな錯覚を覚えたのだった。 伯爵は私から話を聞き出すだけ聞き出すと、満足したように頷いた。 「良い報せがある。今日これが届いた。お前に関する要望許可書だ。見てみろ」 「はい。…これは…」 …婚姻許可がどうとか書いてある。 「これで目出度くお前はわたしの婚約者となった。喜べ」 (おい、待て!) 「大変嬉しいのですが、私のようなものが相手で宜しかったのでしょうか? 私などとても伯爵様に釣り合うような人間では御座いませんし。 もっと深慮されて、お考え直しになられた方が後々の為になるのではないかと、女の浅知恵ながら憂慮してしまいました」 (政略結婚でも恋愛結婚でもないのに簡単に決め過ぎだろ!よく考えろ!) 「これは保険だ。エレクから聞いているかも知れんが、この国では反社会勢力にとって魔法使いは格好の獲物だ。 平均で一年に8、9人ほどの魔法使い見習生を輩出している事を考えるに、この国の魔法使いの総数は300名程いても良い筈なのに、実際には200名にも満たない。 全体の三割程が様々な理由で消えたり潰れたりしている。 私は首都でお前に会った時に『これが消えたり潰れたりするのは惜しい』と思った。 だから保険として、こちらに呼び寄せることにして、私が直々に護衛もしたのだ」 そう伯爵は言い切ったが (首都で会った覚えなんて全くない。こんなイケメンに会ってたら忘れる筈ないし…) 「伯爵様、申し訳ございませんが。首都でお会いしたとかいうのは、何かの間違いでは? 人違いをなさったまま、大切な婚姻をお決めになられるのは伯爵様の御為にはならないかと存じます」 伯爵は不快そうに眉をしかめて 「私の名前はアイルだ」 と呟いた。 眼光が鋭くて、思わず気圧される。 「…はい。アイル様」 「お前の言うような人違いはしていないのだが、それを証明するのは今は難しいだろうな。 今、手元に証拠がないからな。 …だがこれはどうだ?」 といって伯爵がーー アイル様が壁に掛けられていた仮面を手に取る。 精巧に彫られ、精巧に着色されている。 まるで生皮を剥がれた本物の顔がそこに在るかのような錯覚を覚える。 それをアイル様が被るとーー 不思議な事に仮面が仮面ではないかのように、本物の顔のように馴染み、彼が別人になったかのように見えた。 一体どんな技術が使われているのか気になる。 私もエレクさんも驚きを隠せなかった。 「…それは…?」 私が驚いて尋ねると 「よく出来ているだろう?お前も言っていたじゃないか。 私には偽名が幾つもあり、立場が幾つもあり、そして変装の名人なのだと。 この仮面の顔はその内の一つで、とある組織の代表を務める者の顔だ。 そして私には首都のとある魔道具屋の主人の顔もある」 そう言われて、何となく思い出す。 「もしかして鼻の横に大きなホクロがあるオジサンで、私が魔道具の値段の事で、外国へはもっとボッタクって売った方が良いんじゃないですかって話をした、あの人の事ですか?!」 (あれはどう見てもオッサンだったよ!ただのオッサンだったよ!) 「なんだ、覚えてるじゃないか」 アイル様が片眉を上げて、 小馬鹿にしたように、 茶化しているように微笑する。 「因みにお前が言っていた、私が同性愛者で、側近の者達が寵を争って女みたいに嫉妬して、私に近寄る者を威嚇して回っているとかいう噂に関しても、側近達全員に話してある。 お前の事だから彼らとも上手く関わり、己の器を示して彼らの尊敬を集める事だろうと楽しみにしている」 とアイル様が意地悪そうに笑う。 (…この人、鬼だ!!!!)
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