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転生前と転生後
私の【地球世界】での前世は、宮島伊織という名前の日本人だった。
実は私は伊織として生きていた頃にも地球で転生を繰り返していた間の「前世の記憶」を幾つか朧げに思い出していた。
それらの前世の記憶は『日本人』だったので
「もしかして私は転生を繰り返してるくせに毎度日本人として生まれてるのか?」
と推理していたが、それは間違いだった。
肉体を失って本来の魂の記憶を思い出してから知った事情によると、私は国籍や場所に関係なく様々な生き物に転生していた。
(人間ですらない事が多々あった!)
だけど肉体を持っている状態で思い出すには近似性が思い出す為の条件に含まれる。
なので頻繁に海外旅行をして、世界中の彼方此方を彷徨くといった事をしない限りは、思い出せる前世はかなり厳密に限定される。
肉体を持って生きるというのは
クリア難易度の高いゲームに参加するようなものであり
色々と難儀するのだ…。
私が伊織であった頃に思い出した前世の記憶には、こんなものがあった。
一つは平安時代のもの。
当時としてはどうやらそれなりの家に生まれていたらしい。
そして現代で言うところの「和歌」を嗜んでいた。
「少しでも気の利いた歌を詠みたいのに、なかなか良い感じの言葉が浮かばなくて頭を悩ませている」
という状況が白昼夢として鮮やかに追体験として起こった。
その他にも
戦時中らしき時代に
モンペ姿で路地裏のような場所を歩いているという状況の白昼夢が起こった事もある。
そうした「白昼夢による過去の出来事の追体験」などといった内的体験をしてしまう時点で、
伊織はスピリチュアルに関心を持つようになるのはほぼ確定していた。
所謂「不思議ちゃん」だった。
家庭内で虐待を受けて
学校ではイジメを受けて
逃げ場が無い環境の中で
「自分はここにいる筈なのに、ここにはいない」
という感覚が慢性化していた。
虐待とイジメを受ける毎日の中では
「社会的自分と本当の自分とは別物である」という乖離感が生じるのだ。
おそらくそうした乖離感が無ければ、自殺するか、他人を殺すか、或いはムキになって怒りや恨みをぶつけてカウンターで殺される羽目に陥っていた。
「呪われてるんじゃないのか?」
と思う位に物心つく前から晩年までずっと事あるごとに誰かしらから虐められるような人生だった…。
死後に魂の記憶を思い出してから、それなりに推理したのは
「【地球世界】から退会して抜け出したい、という意向を持つ参入者は【世界】に虐げられるのではないか?」
という疑問だったが。
その解釈は間違っていなかった。
それはどうやら多くの者達が体験しているらしかった。
「因縁・カルマの清算」では様々な相手に対して「手切れ金代わりの譲歩」が必要になるので、結果として客観的には【世界】から虐げられているように見える事態が降りかかるのだ。
なので今現在
「なんか…この世界…私の事自殺に追い込もうとしてるよね?苛め抜いて絶望させようとしてるよね?」
と感じながら生きてる
「絶望度MAX」な人々は
肉体を持って生まれてくる前の意図に
「因縁・カルマの清算」
のようなものを盛り込んでしまっていた可能性がある。
(それを知ったからといって急に世界が優しくなるなんて事は無いし「因縁・カルマの清算」が中止されるなんて事も無いと思うので知っても無意味かも知れないのだが…)
***************
地球と裏月との違いとして先ず始めに認識するのは
「魔法が存在するか否か?」
という点だが。
それ以外での違いはやはり「異世界転生モノ」の定番である「魔物」なる存在が登場する事であろう。
【地球世界】のような「人間の天敵は人間」という環境は、人間以外の生き物が天敵として人間に牙を剥くような環境よりも、余程魂レベルでじわじわと苦痛を与えるものらしい。
そもそもが人類の発展は人間中心主義的な思想を根底に含んだ技術発展に依る所が大きい。
魔物などといった「非人間の天敵」が存在した方が人間同士で協力する意識が広く受け入れられやすいのだ。
そして魔物の発生には「魔力」が絡んでくるので「魔物の存在する世界には魔法も存在する」という図式が成り立つのである。
因みに私の今世における俗名はマートル・メイムという。
ナハル国のムロー地方、ネフマドという町で生まれ育った。
両親は薬師であり、家族経営スタイルで生計を立てていた。
薬草は冒険者ギルドに注文を出して仕入れ、通常は町中に構えた店舗内で家族経営で仕事をしていた。
弟が二人いて、後継ぎには事欠かない。
なので私は「良さそうな人がいれば、これといったシガラミも無く嫁げる」ような立場だった。
本当にコレといった悩みもなく薄っぺらい自我のままにささやかな幸せを満喫していた。
通過儀礼の日までは…。
【裏月世界】全域でそうなのか
ナハル国特有の慣習なのか
今の所詳細は不明だが。
とにかく私の住んでいた町では春分の日と秋分の日に成人式が行われていた。
春分の日以降に産まれた者達は初めて迎える秋分の日に1歳となる。
それ以降は秋分の日を迎える毎に一つずつ齢を重ねる。
秋分の日以降に産まれた者達は初めて迎える春分の日に1歳となる。
それ以降は春分の日を迎える毎に一つずつ齢を重ねる。
私は冬産まれなので春分の日毎に齢を重ねている。
先日の春分の日で15歳。
春分の日から1週間後に「鉄の通過儀礼」を受けた。
それが運命の分かれ道になってしまった…。
儀式というものは多くの人にとっては何の神秘的な意味もない退屈で形骸化した済ませ事のようなものでしかないのだが。
肉体を持って産まれてくる以前に【覚醒】の仕掛けを仕込んでおいた者の場合のみ【覚醒】が起こるのだ。
【覚醒】には華々しい予兆などはない。
「魔法使い適性のある選ばれし者は幼少の頃から優秀である」
といった類の偶像化はあくまでも迷信でしかない。
近所の意地悪な女の一人に
「私こそは選ばれし人間なのよ、私は通過儀礼を受ければ魔法使い見習いに選ばれるに違いないわ」
といったナルシスティックな妄言を垂れ流していた女がいたのだけど。
不思議な事にその女は何故か私の事ばかりを目の敵にして、度々常軌を逸した言い掛かりをつけてきた。
そして私からも周りからも「勘違い娘」という評価を下されていた。
その「勘違い娘」は私よりも約半年早い夏産まれだったので、私よりも一足先に秋分の日に成人して「鉄の通過儀礼」を受けていた。
そして皆の予想通りに
何事もなく儀式を終えた訳だが…
自分が選ばれなかった事に納得できなかったらしく…
「選考員は私の才能に嫉妬してワザと私を選ばなかったのに違いないわ。
後々この国は未曾有の危機に見舞われて後悔することになるのよ。
私こそが国を救う力があるというのに!
私に嫉妬して私の道を阻んだ連中は国賊として未来永劫人々に蔑まれ呪われ続けるのよ!」
とか何とか…
不敬極まる御託を宣うていたらしい。
当然の事ながら周りの者達は誰もが
「私は関係ありません」
とばかりに聞こえなかったフリをして
無視していたとの事だった…。
その時点では「選ばれるという事が具体的にどういう事なのか?」に関してマトモな知識は出回ってはいなかった。
なにせ、この町から「選ばれし者」が出た事は久しく無かったという事なので「勘違い娘」がしていた勘違いと同様に「魔法省から選考員が派遣されて来て、めぼしい人材を選んで引き抜いていく事」を「選ばれる事」だと、多くの人達が思っていたのだ。
(勿論私も)
なので私が通過儀礼を終えて、町外れの洞窟内にある「儀礼の祭壇」から町に帰って来て、明るい陽の光の下に姿を見せた時には家族も近所の顔見知りも驚愕した。
なんと「選ばれし者」は「髪色と瞳の色が変化する」のだ…。
アイデンティティの変化と姿の変化。
そうした不思議な現象に遭遇するのが魔法使い適性者である接続承認契約者なのだった…。
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