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覚醒前
15歳で成人というのは私が前世を過ごした地球基準から見たら早いと思うのだけど。
文明が未発達で識字率の低い、封建制度が絶賛浸透中の世界においては然程不思議な事ではない。
地球では15歳から20歳に掛けての時期は「遊びたい盛りの若者(子供と大人の中間)」という位置付けだったけど。
この世界では「最も体力的に使える働き盛り」という位置付けになる。
娯楽が少なく、家電品もないので「ただ生活する」という事の中にも、それなりの労働が必要になるのだ。
私自身も成人前から、生活の為の家事労働や親の手伝いを当たり前のように行っていた。
そもそも、この町には学校が無い。
子供は親から「必要な事だけを教えられる」のが普通で、我がメイム家では「薬草の知識」と「金銭勘定の知識」を仕込まれている。
他の家の子供達よりも幾分スペックが高い感じだ。
自由に結婚相手を選べる(勿論平民限定だが)環境にあったが
「自分と同様に字の読み書きと計算が出来て性格に暴力的な面がない相手を」と思うと
それだけで大多数が篩にかけられて対象者が激減するという位には、この世界は粗野で野蛮であった。
粗野で野蛮で人の命が短くて、その故に多くの人々が潔い。
そんな世界の在り方に対する認識は【覚醒】を境に激変した。
以前は「粗野さ、野蛮さ」は「嫌悪すべきもの」だった。
今は「粗野さ、野蛮さ」がこの世界で当たり前に存在できている事自体に「この世界特有の参入者に対する優しさ」を感じる。
本来の魂の記憶を思い出す事はーー
【覚醒】はーー
人の意識を大きく根底から変化させるものなのだ。
成人式後の新成人が受ける「通過儀礼」の名称が正しくは『鉄の通過儀礼』というものだという事を知ったのは後に受けた説明による。
私はあの日他の皆と同様に、本当に何も知らずに洞窟の祭壇の間へと向かったのだった。
***************
ネフマドではほぼ全員の人間が
「1歳の誕生日」に該当する「産まれて初めての春分又は秋分の日」と
「成人式の日」と
「成人式後の通過儀礼の日」の
合計三回「洞窟の祭壇の間」に入る。
そして「成人式後の通過儀礼の日」の
一回だけ「祭壇の前に立たされる」のだ。
誰もが一人一人祭壇の前に立たされて、祭司の唱える祝詞を祝福として受ける。
その後数人ずつで組まされて洞窟の奥へと向かわされ、規定のルートを探検させられて戻ってくる。
そうした儀式の流れは最早形骸化していて
「何の為にこんな事しなきゃならないのか?」
を町の誰一人として理解していなかった。
何せ随分と長い間「魔法使い」を輩出していない町だったので、誰もが神秘的な事柄に関する知識には疎くなっていたのだ。
なので当然のことながら私が祭壇の前に立ち祭司が祝詞を唱え出した途端に、私の足元に魔法陣が光りながら浮かび上がってきた時には、場が騒然となった。
(祝詞を唱えてた祭司自身が驚愕の余り挙動不審になっていたのが、何とも不安を誘う光景であった…)
祝詞を唱え終えた祭司が慌てて魔法省へと報せを出して、人が呼ばれたという事は分かったのだが。
そのせいで洞窟探検は私だけ「待て」という事になった。
他の皆が探検を終えて、町長が「労いの祝辞」を述べて、儀式がお開きとなり皆が帰っていった後も私は洞窟に待機させられていた。
魔法省から派遣されてくるという人の接待と状況説明を任された町会役員のオジサンと、私だけがポツンと取り残されていた。
「何か…私のせいで大事になってるみたいでスミマセン、お世話おかけします…」
と社交辞令の言葉をかけた。
オジサンは本音では何を思っているのかは判らない目が笑っていない笑顔で愛想良く
「いやいや、久方ぶりに魔法使いがこの町から出るかも知れない、という運命の瞬間に立ち会えた事は、後々語り草になる話のタネだからね。
…本当は私用で用事があったとしても、こちらを優先すべき事だと言うのは私も弁えているよ」
と少し内心を吐露してくれた。
「そうですか…ありがとうございます」
と答えながら
(そんな風に言われたら、何かの間違いでした、実は魔法使い適性はありませんでした、とかいう結果になった場合が怖いんですけど!)
と思ってしまい妙なプレッシャーを感じた…。
朝早くから集まりお昼過ぎ位に終わると思っていたので、私は昼食を用意してきてなかったのだけど。
それは皆同じで、このオジサンの方も同様だった。
たまに自分のお腹の音が鳴るのと同じようにオジサンのお腹の音も聞こえてきた。
空腹だから余計に待機時間が長く感じたのかも知れなかったのだが、魔法省から派遣されてきた魔法使いが到着したのは夕方近かったと思う。
(持ち歩ける時計が無いので、腹時計頼りの時間把握である)
やっと馬車が洞窟近くに止まり、中から若いのか中年なのか判別のつかない年齢不詳の男の人が降りてきた。
その時に、やっと目が笑っていない笑顔を顔に貼り付けていたオジサンが心からホッとしたような素の表情になってくれた。
年齢不詳の男の人が
「その子が例の子ですか?」
とオジサンに向かって尋ねた。
町会役員のオジサンが年齢不詳の男の人に状況を説明して、幾つか質問をされ、それに答えていた。
「私は魔法省所属の魔法使いで、ダーロウム・ネシェルと申します。
魔法陣が光ったという話ですが、この子にもう一度祭壇に立ってもらって確認させてもらいます。
後は私の方で引き受けますので、それまで少しお付き合い下さい」
年齢不詳の男の人ーー
ダーロウムさんがそう告げ、私達は再び洞窟内の祭壇の間に向かったのだった。
「成る程、確かに光りますね」
一通り祝詞を唱えた後にダーロウムさんはそう言って、初めて私の方に目を向けた。
「そう言えばお名前を伺っていませんでしたね?」
と皮肉気な表情で言われてから
(あ、もしかして「挨拶くらい自分からしろよ」という嫌味なのかな?)
と気づき慌てて
「マートル・メイムと申します、ご挨拶が遅くなり、申し訳ありませんでした」
と答えた。
「マートルさんですね?
どうやら魔法使い適性があるのは間違いありません。
魔法使いは国家の財産であり、国家に帰属する存在だという事はご存知ですよね?
今後あなたにどんな仕事が割り振られるか、今の時点では判りませんが。
こうした適性確認と【覚醒】の立会人として派遣される機会もあるかも知れませんので、祝詞を覚えるよう心掛けておく事をお勧めします」
立石に水とばかりに、そう言われ一瞬呆気に取られた。
「国家の財産?って…あの、どういう事なのか、意味が分からないんですけど…」
「ああ…そこからですか…」
ダーロウムさんは溜息をつくと、少し考え込んでから
「今の時点で説明しても、なかなか理解が追いつかないと思いますので。
取り敢えず【覚醒】の儀式に進みましょうか」
と言い町会役員のオジサンに向かって
「そういう訳なので、もうお引き取り頂いて構いません。
先に町に戻って、私が到着して儀式の立会いを引き受けた事を報告して下さい。
そして頃合いを見て私とこの子の帰宅用に馬車を寄越して下さい」
と告げた。
そう言われたオジサンは
「了解しました」
と返事をすると、今日初めてまともな笑顔を見せて踵を返した。
オジサンの姿が見えなくなると
「それじゃ洞窟の奥へと探検に行きましょうか」
とダーロウムさんは私に向き直った。
洞窟の奥まで続く道の方は真っ暗で
(松明も持たずに入るのかな?)
と疑問に思っていると
ダーロウムさんが意味の判らない言葉で何か呟いた。
ーー途端に蛍の光のようなものが無数に舞い踊る様が広がって道を照らし出した。
次いで
「この洞窟は深くないので、マメに点検されていて、危険な魔物や野生動物が棲みついたりもしてないでしょうから、進みながら祝詞を暗記する学習をしましょうかね」
と言われた。
なので道々延々と祝詞を復唱させられながら奥へと歩き続けた。
そうして洞窟の奥まで行き着くと広間になっていて、そこには台座が据えられ、台座の上に大きな黒い水盤が置かれていた。
ダーロウムさんは
「少し待ってね」
と私に呼びかけて、台座に駆け寄ろうとする私を待機させ、またもや何処の国の言葉か判らない言葉で何かの呪文を唱えた。
すると台座の周りに魔法陣が浮かび上がった。
「入り口を作るから、そこから入ってね」
と言われ、私はそれに従った。
「入り口を閉じるから、水盤を覗き込んでみて」
と言われ、私は水盤を覗き込んだ。
水盤には水か何かの液体が注ぎ込まれていて、水面は水鏡のように私の顔と広場の天井を映し出していた。
「私が言う言葉を意味が判らなくても音写して、そのまま真似して唱えて」
と言われた。
私は言われた通りに、意味も判らない呪文らしき言葉を真似して唱えた。
(?!…水鏡の景色が変化している?)
と動揺した途端に
私の意識はそれまで体験した事が無かったような状態に陥っていた。
足元には洞窟のゴツゴツした地面がある筈なのに、足元に何も存在していないかのような、自分が宙ぶらりんの空間に迷い込んだかのような不思議な感じに囚われた。
「現実に対する現実感は薄れていて、それでいて頭はハッキリしている状態」と表現するのが一番当てはまるだろうか。
そんな状態の中で次々と水鏡の景色は変化し続けた。
それと同時に透明の目に見えない渦のようなものが私の頭の周りに纏わりついているかのような錯覚を感じた。
「キーン」という耳鳴りが大きくなったり小さくなったりしながら、目に見えない渦は私の頭を取り囲み、モヤモヤした感じを深めていく。
そのモヤモヤが極まり、遂に動きが止まったかに思えた時ーー
私の意識は肉体の物理的規制から解放されていたーー。
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