噂の渦中

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噂の渦中

7661a94c-9a27-4bc5-aa72-30db4e82eb5c 私は泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。 眠ったままハーダル様に抱きかかえられてアイナバアルのアジトから脱出した際には、沢山の人達から目撃されてしまっていたらしい。 翌朝に目が覚めて仕事に行くと[魔道具研究室]にまたもハリーさんが駆け込んで来て 「また君とハーダル様とが噂になってるんだけど!なんで?」 と涙目で訊いてきた。 なので正直に話す。 「昨夜は私は殺人狂の呪術師に腹を掻っ捌かれて殺されそうになったんです。 ハーダル様に救出されて、安心しきって眠りこけてしまったので、私を運ぶハーダル様を見た人が何か誤解したんだと思います」 「「「ええっっ???」」」 ハリーさんだけでなく研究室内に居たエクダーフさんとエルマハルさんも驚愕の声を挙げた。 「は、は、腹を掻っ捌かれたんですか?…」 エルマハルさんが震えながら訊く。 「ええ、また死にかけました。 …前回は人間から魔石を採取する悪党達に枯れ井戸に突き落とされ、全身の骨が折れた挙句に、それが内臓に突き刺さって死にかけたんですけどーー」 エルマハルさんの顔が青ざめる。 「その時もハーダル様が井戸まで迎えにきて引き上げてくださいました。 私はあの方に二度も命を助けて頂いています。 本当に感謝していて…本当はずっと……お慕いしていました」 (当人に言うのはまだまだハードルが高過ぎるけど、それでも、やっと言えた…) 「「「………」」」 絶句して固まった3人を私はそのまま放置してソソクサと魔道具創りに取り掛かった。 *************** 魔物から採れる素材には、その魔物の特殊能力などが宿る。 吸魂鬼(ドッペルゲンガー)言霊鬼(エコー)が持つ特殊能力は 吸魂鬼だと 「視覚情報模倣」 「吸魂」 言霊鬼だと 「音声模倣」 「吸魔力」 となる。 共に「模倣」する事によって標的のアイデンティティの在り方を撹拌する。 そしてそのアイデンティティ撹拌をエネルギーの搾取行為へ繋げる、というのが、これらの魔物の共通する特徴である。 「ドッペルゲンガーに遭遇すると死ぬ」と言われるのは、人間に魂が備わっている為である。 魂のない自我だけの生き物の場合は吸魂鬼に会うと、自我を吸われて意思のない人形のようになる。 その所為で「保身行動が取れなくなり結局は他の生き物に襲われて死ぬ」事になる。 そして人間の場合は、先ず自我を吸われて、その後に魂を吸われる事になる。 魂が吸われ出すと【世界】が参入者の魂を保護する為に施しているセーフティ機能が発動する。 その結果、肉体は急死する事となり魂は安全な「参入待機空間へと強制送還」される。 なので人間が吸魂鬼を倒すには「セーフティ機能が発動する前に倒す」しかない。 そのために吸魂鬼を倒せるのは「敵に見つかる前に先に敵を見つけて攻撃する」といった「索敵能力に優れた冒険者」に限られる事になる。 個体数も少ないので入手難易度の高い素材だ。 一方で、 言霊鬼の場合は魔力(魔素)を吸われて、気分が悪くなって活動能力が落ちるものの、それで死ぬ事はない。 なので姿を見る事が出来たなら狩る事自体は難しくない。 ただ非常に用心深くて姿を見せる事が非常に稀な為、これも入手難易度が高い。 こうした厄介な魔物の素材が必要だったのには、私の【月影の書】から転送される監視カメラ映像を魔道具で復元するには「視覚情報模倣」「音声模倣」の特殊能力が必要だったからだ。 情報の転送自体は転移魔法陣と同じ仕組みを利用する。 送信口と受信口を「転送用亜空間」経由で結びつける。 その亜空間内で情報の高速移動を展開する。 吸魂・吸魔力などのエネルギー搾取は搾取したエネルギーを吸い込む「袋」へと収納されるので、その能力にはもれなく「袋」が付いてくる。 (魔力袋のような亜空間収納庫が) 吸魂鬼の「袋」は「映像情報の保存」用に、言霊鬼の「袋」は「電池代わりの魔力保存」用に使う。 これらの魔物の魔力回路の何処に袋が付いているのか、特定するのに時間がかかったが、先日エルマハルさんが発見してくれたので、作業に取り掛かる支度は済んでいた。 袋の性質を塗り替える必要があるので、それはそれに相応しい魔法陣を使う事になる。 魔法の存在しない地球では魔法陣はあくまでも神秘主義者達の耽美主義的なお飾りであり、文字やら記号やらがそれらしく書き込まれているだけのものだったが。 魔法の存在する裏月では魔法陣は、魔法使いや、魔法を使う魔物の体内の「魔力回路を模したもの」 或いは超常現象が起こる場所での「魔力の流れの全体像(龍脈)を模したもの」の、そのいずれかである。 魔法陣の刻み方は素材によってまちまちである。 基本的に「皮」などには焼き印のように彫刻した金属を熱して押印する事が多い。 骨や牙などには彫刻刀で刻み込む。 共通するのは「傷付ける」という点だ。 そうして「傷付けて刻んだ魔法陣」のラインに沿って、上から特殊なインクで描く。 このインクで引かれたラインが「魔力管」のような役割を果たす。 インクは管の材料のようなものだ。 魔法陣用のインクは、封印(ホウターム)石という特殊な性質を持つ石を細かく砕いたもので「独立した場」を創り出す性質がある。 ーー魔道具創りに必要な材料は揃っている。 おそらくエクダーフさんとエルマハルさんは今日は使い物にならないだろうからと思い、私はサッサと独りで作業を進める。 数日中には魔道具が完成して、私の【月影の書】から転送された監視カメラ映像が司令室で観測されるようになる筈である…。 それに際して 私は使い魔の[ラーヘル在住部隊]の報告係に「報告を朝・昼・夜の3回するように」と指示するつもりである。 朝には私の身支度が終わってから報告を受け取り、私の夜間のプライベート映像を削除してから、司令室の魔道具へ転送。 昼には昼休み時間を利用して報告を受け取り、それはそのまま転送。 夜には自室で報告を受け取り、私の自室での活動映像を削除してから、転送。 といった具合に一日三回の転送。 そうする事によって私が監視カメラ映像を独りでチェックしなくてもラーヘルの治安は守られる筈である。 何でも独りで責任と役割を背負って生活し続けるのは私のような体力の無い人間には合わないのだ。 交代で司令室に缶詰になるメンバー達には悪いが、私の心身の健康の為には、私にも休息が必要なのである。 私は午前中の間、エクダーフさんとエルマハルさんが放心しているのを横目に、せっせと独りで作業を頑張って進めたのだった…。 あと数日中には魔道具も完成するし。 休日に受けているガーマールさんによる煌央語の授業も、サーデー男爵夫人による授業も、「あと数回でもう教える事がなくなる」とお墨付きを貰っている。 色々と片付いて暇な時間が出来るだろうから、前々からやりたいと思っていた事を実行に移す事が出来そうだと 私は心密かに考えた。 ナハル国では「愛国者認定」が得られない魔法使いには攻撃魔法が教えて貰えない。 だけど攻撃魔法を教えて貰えない魔法使いが攻撃魔法を独自に開発してはいけないという掟はない。 そもそも私の場合、既に限定的ではあるが攻撃魔法として応用できそうな魔法を開発してしまっている。 砦の敷地内の畑の一画を薬草栽培用に使わせて貰える事になった時に「肥料作りの魔法でも開発しよう」 と思って編み出した魔法がある。 [腐蝕解体]である。 残飯や排泄物を数秒で堆肥成分に変える恐ろしく便利な魔法だ。 「これを用途以外に使ったら、どうなるのだろう?」と思って試したところ。 生き物には効果が無かった。 しかし「生き物ではないもの」全てに効果があった。 生物ではない物質を何でも土に還させるのだから。 敵が纏っている武器防具諸々も数秒で解体され土に還る。 ましてや「骸骨兵(スケルトン)腐肉兵(グール)」は生き物ではない。 「アンデッド系の魔物に[腐蝕解体]を掛けたらどうなるだろうか?」を是が非でも実験したいと思っている。 それ以外にも「魔道具創り用にレーザー光のカッターとか使えないかな?」とか思っている。 「出力を上げれば武器にもなるだろうし、あったら便利だろうな」 と、かなり本気で思う。 普段の物作りにも有事の際の武器にも使える [日常・非日常両用の魔法]を幾つか、切り札として開発したいのだ。 ーーと そんな事を思っていた昼休み。 [魔力持ち軍団]の一人であるユリアーさんが、秘書さんからのお遣いでやって来て「アイル様がお呼びです」との言伝(ことづて)を伝えた。 (昨夜の事件の事だろうな) と思い、足早に執務室へ向かった。 執務室に入ると、既にハーダル様と騎士団長さんが来ていて、側に秘書さんが控えていた。 「報告自体は昨夜のうちにハローンから受けている。お前を呼んだのは事実確認の為と、件の映像を再生してもらう為だ」 アイル様が厳しい表情で言った。 (なんだかご機嫌が悪そう…。でも考えてみれば当然か。連絡用魔道具が壊れたんだし、アイル様からしてみれば一体何事かと思うよね…) 「先ずは昨夜の事態のキッカケになったという、娼婦惨殺の映像とやらを再生してみてくれ」 とアイル様が言うので 言われた通りに再生した。 アイナバアルの狂った性根が伝わってくる気持ちの悪い映像なので、あまり人目に晒すのは気が進まないのだけど。 「……これは…確かに酷いな。お前達が冷静さを失って行動したのも頷ける」 何となくアイル様の「冷静さを失って行動した」という言葉に、責められてるような印象を受けたので 「申し訳ありませんでした。私の所為で貴重な連絡用魔道具が破損してしまいました。お許し下さい」 と素早く謝罪の言葉を口にした。 「それはお前が謝る事ではない。壊したのはハーダルだ。それに私が腹を立てているのは、お前にではなく、お前以外のこの3人にだ」 アイル様が腹立たし気に、秘書さん・ハーダル様・騎士団長さんの方を見遣る。 「犯人が何時までも現場に居るとは限らない。 そもそもが犯人がイオに関して探索・情報収集系の魔法の使い手だと目星をつけていたとしたら、女の殺害自体が『見せつける為』のものだった事も予想がつく。 犯人がその後、素早く夜陰に紛れて此方の動向を観察する出方をするのも推測できた筈だ。 それをみすみす敵の思うツボに嵌り、うちの貴重な非戦闘員の魔法使いを危険に晒した。 なぁ、お前達は思わないのか?自分達が無能だと」 アイル様が辛辣な言葉を投げかける。 3人が口々に 「「「申し訳ありませんでした…」」」 と口にした。 私は一気に気が重くなった。 自分が死にかけた所為で自分以外の人達が責められる様子を間近で見せられるのは、私にとっては苦痛だった。 「今後はこういった事が無いようにしろ。敵の思惑に関して情報が少ない時ほど勝手には動くな。 冷静な判断が出来ない状態の時こそ私に報告しろ。 たとえ私が何をしていてもだ。 たとえ私が国王陛下との謁見中であったとしても、敵に裏をかかれるくらいなら私に判断を仰げ!解ったか?!」 アイル様が静かに怒りを込めながらそう言うと3人は口々に 「「「畏まりました」」」 と口にして、アイル様に退室を促されて部屋を出て行った。
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