覚醒後

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覚醒後

【覚醒】において先ず最初に思い出したのは、今世の生に入る前に自分で自分に施していた仕掛けに関する記憶だった。 それによって(あ、私は創造力を使い熟すリハビリ兼訓練の為に魔法使いに転生したんだった)という目的意識と意欲が真っ先に取り戻せた。 後は、なし崩し的に次々と必要な知識が入り込んで来て、魂の本来の記憶も思い出してアイデンティティが塗り替えられる事になった。 前世の記憶も戻ったので、当然[日本語]も解る。 なのでダーロウムさんの呪文が日本語だった事も解ってしまった。 (ああ…そうだ。【地球世界】出身で魔法使いに転生する人は結構多いんだった。時代によって変化もあるらしいけど、ここ十数年は元日本人の比率がかなり高いって話だったな) と諸々の事情に納得がいった。 そして魔法使いの本当の立場に関しても思い出した。 (この世界では【管理者】は【神】であり、魔法使いは【神】の業務の一部を手伝う立場だった…) 大量の記憶データが脳内に入り込んで、自動的に処理が進む最中で、ふと気付いた。 (魔法使いは【管理者】と同様に【世界】の空間定義を書き換える事が出来る筈だけど、空間定義のプログラムにアクセス・入力するには、それ専用の端末が要るよね。今の現状から見るに「魔力を流し込まれて有効化した魔法陣と水盤」が「仮の端末」の代わりを果たしている、という事になると思うんだけど。これって持ち歩けるようなものでは無さそうだし、この世界の魔法使いは具体的にどんな風に仕事してるんだろう?) 素朴な疑問が生じてダーロウムさんを振り返った。 ダーロウムさんが 「ちゃんと【覚醒】できたんですよね?」 と訊いてきたので、 「はい」 と頷いた。 試しに日本語で 〈前世のお名前は何とおっしゃるんですか?〉 と尋ねてみたら、その質問には答えてもらえず 「ああ、本当に上手くいったみたいですね。良かった」 とホッとされてしまった。 「無事に終了されたのなら、魔法陣と水盤へと魔力供給を断ちますけど、よろしいですか?」 と言われたので 「はい、ありがとうごさいました」 と返事をした。 つい先程までは、無表情で事務的で冷たい印象だったのに、何故か急にダーロウムさんの雰囲気が柔らかくなっているように感じられた。 日本語で話しかけたからだろうか? (元日本人同士だもんね) 「前世の記憶がハッキリしてらっしゃるのなら本格的に魔法使いとなるのに必要な手順が随分と省かれる事になります。 何せ親につけてもらった今までの名前は[俗名]扱いになりますので。 社会的にはその名前を名乗り続けても構いませんが、 魔法使い特有の業務を行う為には別個に[表名の魔法名]と[真名の魔法名]が必要になります。 慣例として前世での名前が[表名の魔法名]として用いられ、魔法省に登録されます。 なので魔法使い同士で相手を呼び合うのはお互いに前世の名前となります。 そしてこれは一番大切な事なのですが[真名の魔法名]は魔法行使媒体を拝領と初起動の[パスワード]になりますので誰にも教えないように気をつけて下さい」 マニュアル通りの文言なのだろうか…。 ダーロウムさんは一気に畳み掛けるように注意事項を口にした。 私は聞き漏らしのないように注意深く集中して、それらの注意事項を念頭に置いて 「解りました。ありがとうございます」 と答えた。 私がちゃんと情報を咀嚼したのが判り安心したのか、ダーロウムさんはフッと笑顔になった。そして 「私の表名の魔法名はレイカ・フジカワです。ーーあなたには藤川麗華と自己紹介した方が分かりやすいでしょうか?」 と改めて自己紹介をしてくれた。 (「麗華」さんって…女性ですよね?…前世と今世で性別違うと違和感とか無いのかな?…いや、こういうのは当人のプライベートな問題だから、私がここで何かツッコミ入れるのは失礼にあたるよな…) 「そうですね。私の前世の名は宮島伊織と言います。表名の魔法名はイオリ・ミヤジマとなるのですよね?」 「ええ、特に問題なく慣例通りならそうなります。 ーー裏月全体でここ10年くらいは元地球人の比率が高いのですが、その中でもナハル国は特に元日本人が多いんですよ。 魔法使い同士で親しみを感じやすくて、働きやすい環境だと思いますよ」 「なんか色々ありがたいですね…」 と思わず感心してしまった。 「まあ、その位の職場環境の整備は、この【世界】の【管理者】の方でも考えてくれてる、という事なんでしょうね。 何せ15歳で親元を離れて胡散臭い仕事に従事しなきゃならないんですから」 「あ、やっぱり家は出なきゃ駄目なんですね?在宅ワークとか出来ないのかなぁ、とチラッと考えたんですが…」 「無理ですね。ここ暗いから水鏡で御自分の姿見ても気づきにくいと思うんですけど、【覚醒】すると髪色と瞳の色が変化するんですよ。 あなたも金髪碧眼から銀髪紫眼に変化してますよ。 今まで通り暮らしたいと言っても、周囲に違和感を与えて戸惑わせてしまうでしょうね」 「?!……」 「見た目もそんなで変化するんですけど、中身の方も【覚醒】によって前世での自分寄りに変化してしまうものなんですよ。 それが微妙に今世でのそれまでの自分との間にズレを生じさせてしまうので、自分で自覚できる以上に周りに違和感を与えてしまいます。 『お前誰?』とか言われる羽目に遭いますよ」 ダーロウムさん、いやレイカさんの顔が少し哀し気に曇った。 「変わったには変わったけど、今までの自分を演じる、という事は決して難しくはないと思うんですけど…」 私は自分の変化が周りに与える影響について楽観視していた。 「私の場合は特に極端だという事もあるのですが、前世が女だったので【覚醒】以降は中身は女なんですよ。 今世の親には申し訳ないけど、【覚醒】前のように肉体の性別通りに振る舞う事が難しくなった事もあったので、昔の自分は死んだんだと納得するしかありませんでしたね。 誰もが多かれ少なかれアイデンティティの変化によって、それまでの生活に馴染めなくなります。 なので親元から離れるという決まりは実はあなたを含め我々覚醒者にとっては都合が良いものなのですよ」 経験者は語る、という意見らしい。 「そうですね…」 私はレイカさんの言葉に頷くしかなかった。 「ええ、『お前誰?』とか言われて親しかった者達に詰め寄られ、まるで自分がこの身体を乗っ取った悪霊か何かのように憎々しげに睨みつけられるのって、実際にやられてみると、かなりキツイですよ…」 「そ、それは…本当にキツそうですね…」 (私はそんな目に遭いたくない…) 「…町長への報告と親御さんへの報告もありますので、そろそろ洞窟を出ましょうかね。 その後は私は魔法省へと戻って上司にも報告する事になります。 その後、次の指示が下ると思いますので、それであなたの進退も決まる筈です」 そう言われ、 その日は町に戻ったのだった。 思うに「魔法」というモノには様々な手垢塗れの迷信的イメージが付着している。 地球文化の中の小説・ゲーム・アニメ等に登場する「魔法(或いは魔術)」には「属性」なる分類が存在する訳だけど。 実際には「魔法」はその多くが「空間魔法」に該当する。 「空間情報を操作する(プログラムを書き換える)」という手法によって「火球」やら「水球」やらを出現させる事が可能になる訳である。 「空間情報を書き換えて具体的にどんなものを出現させるか?」 という側面でのカテゴリーとして 火属性魔法、水属性魔法、風属性魔法、地属性魔法などがあるのだ。 実質的には「魔法」の本質はその多くが「空間魔法」なのだ。 しかし空間魔法である空間情報の操作はバーチャル空間内の者達の五感で認知できる要素を自在にすり替え可能な訳だが操作できないもの(手出し出来ないもの)もある。 精神的・心理的な「求心力」である。 それを操作するのが「魅惑魔法」なのだ。 よって実質的に存在する魔法(操作)は 「空間魔法」と 「魅惑魔法」の二つだ と言える。 こうした「魔法」に関する「大雑把な体系化」の考察が他の魔法使い達に必要かどうかは判らない。 しかし私には必要だな、と思う。 *************** 無事に【覚醒】して、洞窟から出ると既に日が暮れかけて空が赤く染まっていた。 ダーロウムさんと共に馬車に乗って町まで帰り、町長の所へ寄った後に帰宅した。 電気の無い世界での夕暮れから夜は暗い。 日中の光が姿の変化を顕著に照らし出すのと違って、その時は両親も弟達も「私の事が判別できない」という事は無くて、さしたる混乱は無かった。 ただ「我が家に只ならぬ事態が降りかかった」という事だけ理解して、その渦中に私が巻き込まれている、という事を同情的に認識していただけだった。 なので「魔法使いは国家の財産であり、国家に帰属する存在として、強制的に国家に召し上げられる」云々の話に関しても 「お前はそれを納得できるのかい?」 といった意思確認をされただけで、他には特に私に対してよそよそしくなったような素振りは無かった。 両親は 「大変な事になったな。成人したといっても人生経験の少ないお前では、国の決まりに一方的に従わせられる事に対して本当には納得出来ないだろうと思う。 それでも大切な、お前にしか出来ない仕事があるのだろうから。 頑張って務めを果たして我が家の、この町の誇りとなって欲しい」 といった意味の意向を穏やかな口調で誠実に語ってくれた。 私としては 「今はまだ、何もかもが実感が湧かなくて、お父さん達の言ってる事の本当の意味の大変さも理解出来てないと思うのだけど。 いつか解る時が来ると思うから、その時の為に覚えておく」 としか言えなかった…。 ある意味、疎外感やら疑心暗鬼やらで自分の心が痛手を受けたのは翌日からの事だった。 明るい朝の自然光の中で 「本当に髪色と瞳の色が変わったんだな…」 と私と家族は驚き嘆息した。 「近所の人達が見たら何て言うかな…?」 と心配になった。 嫌な予感はしてはいた。 だけど町長には【覚醒者】の特徴として「髪色と瞳の色の変化は当たり前の事だ」という知らせはダーロウムさんが行っていた。 誰かしらが悪意で何かおかしな事を言い出しても、迫害紛いの騒動などは起こらないだろうと思っていた。 実際に「迫害」とまで言えるような致命的な虐待は起こらなかった。 だけど「悪意ある人間」が「悪意ある解釈」で好き勝手な憶測をして それを吹聴して自分の悪意を周りにも感染させようとするという行動を事前に止めるような事は誰にも出来なかった…。 事ある毎に私に言い掛かりをつけて意地悪を仕掛けて来ていた「勘違い娘」に対して 私はこの時まで寛容な目を向けていた。 過小評価していた為に気にも留めていなかったのだ。 「どうせあの娘は、いつも突っ掛かってきては、醜さや頭の悪さを自分で晒け出して、自分自身の評価を引き下げて引っ込む羽目になるだけだ」 と思っていたし、事実それまではそうだった。 なので「勘違い娘」のエブラが 「何よ!その髪!その目!」 と言い出して いつもの調子で何か不愉快な事を言いそうに突っかかって来ても (想定の範囲内だよ) と思っていた。 エブラは本当は内心では気づいていたのかも知れない。 彼女は自分の事を自分で「選ばれし者」だと信じ込もうとしていたにも関わらず、実際には箸にも棒にもかからない有様だった。 なのに元々から気に入らないと思っていた相手である私の方が「選ばれし者」だったのだという事に、潜在的に気づいてしまったからこそ、狂気を目に宿して叫びだしたのだと思う。 「悪魔憑き!!!!!」 と。 何故だろう。 普段ならエブラの言うことなど誰も見向きもしない。 またウルサイのが妄想拗らせて何か喚いてるよ、と皆がエブラを冷たく一瞥した後、関心を無くして通り過ぎて行っていたのに。 この日はそうならなかった。 皆の中に[一日で髪と目の色が変化する]などといった通常ではあり得ない奇異な現象に対して、本能的恐怖を感じる気持ちが元々あったのかも知れない。 エブラの声に注意を惹かれてこちらへ目を向けた人達が、私の姿を見て畏怖の表情を浮かべたのだ。 「そう言えば…確かに悪魔憑きで髪や目の色が変わる事もあるって話だ…」 と誰かが言った。 「今すぐ悪魔祓いをしてもらわないと!私達みんなが此奴のせいで厄災に見舞われるのよ!!!!」 とエブラがヒステリックに喚いた。 「…ちょっと、本当にコレは教会に行って相談した方が良いんじゃないの?」 と不安気な声が上がる。 私に対して悪意がある訳でもなく、ただ不安には逆らえない、という程度の意見だったのだと思う。 だけどこの声を機に エブラは調子に乗って私の髪を掴んだ。 「教会に連れて行くのよ!早く悪魔を追い出さないと!」 と言って、私の髪を乱暴に引っ掴んだまま、私を教会の方へと引きずって行こうとした。 私が抵抗すると 周りにいた人達もエブラの意見に賛同したらしく、エブラ同様に私の髪を憎々し気に掴んで私を引きずりだした。 何が何だか分からなかった。 「悪魔憑きめ!!!」 「悪魔が一体何だってウチの町に!!!」 「逃すな!!」 「ちゃんと教会に着くまで見張っておけ!!」 などと好き勝手な言葉が彼方此方から上がっていた。 本当に何が何だか判らない…。 文字も計算も判らない粗野な人達にしても、いつも「メイムさんちの子」として扱ってくれていた。 髪を掴まれて引きずられたり 憎々し気に睨みつけられたり 唾を飛ばさんばかりに罵声を浴びせかけられたりなど そんな目に遭わされる事など そんな可能性など 考えたことさえ無かったのだ。 訳も分からないまま教会に連れて行かれ、祭司が呼び出され、人々の剣幕に驚愕していた。 「祭司様!悪魔憑きです!」 「悪魔を退治して下さい!」 「この罪深い子を救ってやって下さい!」 「この町を救って下さい!」 と人々が口々に好き勝手な事を同時に喚いていたので 祭司は余計に何が起こっているのか判らずに混乱していた。 その中で一際疳高い狂気染みた声でエブラが 「この悪魔憑きの女から悪魔を払って!」 と叫んだ。 その言葉から状況を漠然と把握して祭司が躊躇いながら意見を述べる。 「ちょっと待ってください。この子は昨日洞窟の祭壇で魔法陣を起動させた子だった筈ですよ…。 悪魔憑きどころか、久方ぶりにこの町から出た魔法使い候補者なんじゃないんですか?」 皆を宥めようとする祭司の言葉を聞いたところ 「そんな話、聞いた事も無い!」 「魔法使い候補者の髪や目の色が変わるなんて話があるんですかい?」 と、反応は二つに分かれた。 頑なに「町の危機だ」と主張して悪魔祓いをするよう強要する者達と もしかしたら自分達が無知なだけで貴重な魔法使い候補者に無礼を働いているんじゃないかと迷いを見せる者達とに。 「私の方でも、コレはこうだ、と断言できる程に知識や経験が豊富な訳ではありません。不勉強を恥じるばかりです。 なので今から町長に使いを出したいと思います。皆さんは、くれぐれも早まった真似はなさらず、落ち着いてお待ち下さい」 町長の到着を待つ間にもエブラは 「悪魔憑きは椅子に縛り付けた状態で川に沈めるのよ!」 とか 「髪を剃って全裸にして、悪魔の紋章が体の何処かに無いか探すべきよ! 紋章がある場合は悪魔と契約済みだから火炙りにして罪を償わせなきゃならないわ!」 とか物騒極まる事を嬉々として喚いていた。 そうこうするうちに 町長が憮然とした表情で現れ、私の事を悪魔憑きなどではなく魔法使い候補者だと証言してくれた。 皆が決まり悪そうに解散した後で、私は町長にお礼を言おうと思った。 だが町長はそれを遮り腹立たし気に舌打ちしながら 「魔法省からの迎えが来るまで、大人しく家に篭ってる事も出来ないのか」 と言った。 彼の脳内では 「奇異の目で見られるのが分かりきってるのに、ノコノコと戸外に出たのが悪い」 という事になっているようだった。 (何が町の名誉になるように国の為に頑張れだよ!お父さんお母さん、それはないよ!!!) 私は何も言えなかった…。
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