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研修の始まり
拝領式が無事に終わったので、その後に魔法省管轄の研究施設へと向かった。
[カンファレンスルーム3]という札の付いている部屋に皆で入室した。
皆が椅子に座った所で
レイカさんが大きく頷き
「明日から1週間、本格的な学習に入ってもらいますが、今日のうちに講師役の魔法使いを紹介しておきたいと思います。今から呼びに行きますので暫くお待ち下さい」
と言って出て行った。
それから数分してレイカさんがタマルさんともう1人イケメンをつれて戻ってきた。
イケメンが入室した時には思わず私も皆と同様に息を呑んでしまった。
(なんかこう場にそぐわない感じがするな…。多分「中身女・身体男のレイカさんと、中身男・身体女のタマルさんーーもといケントさん」が一緒だからなんだろうな…)
と思ったのだ。
一方、恋愛脳・肉食系女子っぽい感じのケイティは「ターゲット・ロックオン」みたいな意味で息を呑んだ様子だった。
レイカさんは王城への引率の際に自己紹介を済ませていたので、ケントさんとイケメンさんが自己紹介をした。
「あ〜掃除のオバチャンから危険人物認定の人物像紹介をされたようで、女子の皆様から誤解を受けてしまい、密かに心を痛めて涙してるケントです。人畜無害の24歳。彼女募集中です。ヨロシク」
「初めまして。俗名はエメル。表名はツカサ。前世は日本人のネット廃人です。よろしくお願いします」
魔法使い見習いの私達も再び自己紹介した。
因みに男子3人のうち、初対面の時に話に加わってくれた人は
「俗名ワラード。表名オリバー」だった。
初対面の場に居たけど無言だった人は
「俗名ショアー。表名はユウヤ」だった。
名前から察するに元日本人と思われる。
あと1人の遅れてきた人は
「俗名ショーパル。表名はベン」だった。
この場にいる人物を整理してみると
講師は3人。
レイカさん、ケントさん、ツカサさん。
見習い生は8人。
女子5人は、(私)イオリ、ケイティ、シズク、リン、ベラ。
男子3人は、オリバー、ユウヤ、ベン。
このメンバーで数週間、基礎習得を目指す事になる。
予定としては20日課程らしいけど、講師側の都合で予定通りに進まない事もあるとの事。
講師の皆さんは現役の研究者であり、勿論それが本職。
見習生への研修は、研究者達が順番で臨時で引き受けているのだとか。
***************
今日の授業は、昨日拝領の儀式で獲得したアイテム(ドライアイスみたいな何か)を魔法行使媒体として「使える形に変化させる」ための内容となっている。
「使える形に変化した」魔法行使媒体は此世界の慣例で【月影の書】という何とも古めかしい伝統的呼称で呼ばれる。
地球出身の魔法使いの場合には、前世で使っていたインターネット用端末の形を模した形に変化する事が多いらしい。
実際に現物をツカサさんが出して見せてくれた。
先ずは『力の言葉』で『起動』を意味する言葉を唱える。
すると体内に取り込まれた拝領アイテムが再びドライアイス状に自分の周りに纏いつく。
そして体内のチャクラから魔力を発生させて、魔力を掌から放出して目の前に或る程度の密度で溜める。
魔力が或る程度溜まったらーー
あら不思議。
前世の生活で見慣れたネット端末が出現する。
私には原理はよく判らない。
だけど研究施設で進められている研究によると「パワーストーン状からドライアイス状になって魔法使いの体内に吸収されている拝領アイテム」は
[ナノマシン]のようなものではないかと推理されているらしい。
ナノマシンの起動には基本的に『力の言葉』による声帯認証が必要と見られている。
一度起動してしまえば、その後は裏月の言葉でも、地球の言葉でも、勿論日本語でも可能になる。
所有者が発する「意志の籠った音」なら、その意志を汲み取ってくれるオプションが自動で稼働してくれるらしい。
期待に胸を膨らませて手順通りに進めると、私の【月影の書】が出現した。
ノートパソコン型だった。
周りを見てみると、同じようにノートパソコン型だ。
変わり種としてはベンの【月影の書】は何故か「ニン○ンドーDS」によく似たゲーム機仕様だった…。
少し恥じたようにベンが語った話によると、ベンは貧しくて家にパソコンもなく携帯電話も持ってなかった。
たまに友達のゲーム機を借りてゲームをするのが楽しみだったのだそうだ。
「自分の内面を世界へ向けて晒け出すコミュニケーション・ツール」のイメージが【月影の書】の形態に反映するらしいので、これはこれで間違いはないのだと、安心させるようにツカサさんは説明した。
なんでも当人の中のイメージが広がる毎に【月影の書】の形態も進化する可能性が高いのだそうだ。
ツカサさん達の【月影の書】は元はデスクトップ型パソコンだったのだが、後にノートパソコン型に進化したものらしい。
パソコン・インターネットが普及するより以前の地球出身転生者の【月影の書】は「無線機」の形をしていた事もあったのだとの事。
魔法使いが「自分の内面を世界に向けて晒け出すコミュニケーション・ツール」を求める事は
【管理者】とのアクセス、
【管理者】の管理領域へのアクセス
を望む事でもある。
【裏月世界】へと参入する際に「【覚醒者】となり空間情報の書き換えを行う権利を手に入れる」事を契約に組み込んだ上で転生しているのが魔法使いだ。
契約がある限り【月影の書】の形態が単なる魔導書だったとしても、魔法(空間情報の書き換え)は正常に作動するのだそうだ。
成人式後の通過儀礼は「アクセス権承認契約参入者」を見分ける為のもの。
それによって見分けられた時点で【管理者】側へも「アクセス権承認契約参入者が契約に基づき空間情報書き換えの権利を要求しています」といったメッセージが送信されている。
なのでその直後から何らかの形で監視兼サポートを受けているのだとか。
そう説明されてみると
「エブラを襲った暴漢がすぐに捕まって、私に冤罪が掛からなかった事」
なんかも、もしかしたら【管理者】側の監視兼サポートによるものなのかも知れないと、ふと気づいた。
(参入者側には【管理者】側がどういった者達なのか全く情報が開示されないし、ホント「余りにも一方的」という意味において【管理者】は【神】だよな)
(監視にしても、何処まで覗かれてるのか?具体的にどんな方法で覗かれてるのか?こちらには何も判らないので、用心しようが無いし、開き直るしか無いんだよね)
と、そんな事を考え込んでいる間にも[【月影の書】の使い方]に関する説明が続く。
「今日は、この後皆さんには体を洗浄して頂こうと思っています。
[空間情報の書き換え]を安全に行えるようになる為には、先ずは身体を清潔にして、その清潔な[体表状態情報]を保存。
その保存情報を【裏月世界】のタイムラインの[代表状態情報]の上から上書きする、といった[自分自身を被験者にした実験]が繰り返し必要になります。
それによって操作自体に熟練してもらう必要があるんですね」
との事だ。
つまり体を洗って綺麗にした状態の情報を保存しておくことで、後日体が汚れても状態情報を上書きする事で清潔な状態に戻れるという事らしい。
確かにバックアップファイルは「最適状態の情報」であるべきだ。
この世界では入浴の習慣は一般化されておらず、皆濡れタオルで体を拭くとか、川に入って行水するとかで満足していて、しかもそれに疑問すら持っていない。
覚醒によって前世の記憶を取り戻したおかげで「この世界、不衛生」という点で内心不満を覚えていたのだ。
そんな清潔維持法があるのなら使わない手はない。
是非とも実験を繰り返して操作に熟練してみたい。
よし、風呂だ!!!
という訳で大きな盥が8つ用意された。
「厨房でお湯を沸かして貰って各自で運ぶ事になります。
出来るだけ厨房に近い場所でお湯が溢れても大丈夫な場所を、ということで中庭を借りられるように施設長に話をつけてます。
入浴中の人目を遮る為にも先ずは天幕を張る作業から始めて下さい」
との指示を受けて、皆で天幕を張る作業に従事する。
そして厨房で沸かして貰ったお湯を受け取って天幕に運ぶ。
一度では運びきれないので、何度か往復した。
「それじゃぁ…」
と言って、女子皆で女子用の天幕に入ろうとした瞬間、まさかのストップがかかった。
「待ってください!やっぱり無理です!」
と、それまでロクに言葉を発してなかったリンが言い出したのだ。
(一体どうしたんだ?)
と驚き戸惑うしかなかった。
なのに不思議なことに、ベラとユウヤは予想してたかのような訳知り顔だった。
「実は私はケントさんと同じなんです。前世は男だったのに、今世で女の体に生まれてしまってるんです。
15年女の子をやってきた記憶もあるので、このまま女の子として生きていけるだろうし、そうしよう、と覚悟してたんです。でも、やっぱり駄目です。無理です!」
とリンが泣きそうな顔で力説した。
思わずベラに
「知ってたの?」
と訊いた。
「拝領時の呪文詠唱に組み込まれた魔法名がリンタロウ・オノだった。
タロウがつく日本名が男の名前だって知ってたから気づいたんだよ。
本人が言わないなら、いよいよって直前に指摘するつもりだった」
と頷きながらベラが答えた。
ユウヤも反応した。
「俺はアイツがどこまで嘘をつき通せるか観察して楽しむつもりだった」
とユウヤが内心を吐露すると
ケイティが
「サイテー」
とユウヤを評した。
何故かケントさんが受け持ち授業でもないのに、何処からか湧いてきていて
「マジでバカだな。研修期間中だけ黙ってれば覗き放題だったのにな。俺にはバカの考える事は判らん」
と宣うた。
(ケントさんと同期の女性が可哀想だ…)と思ってしまった。
***************
リンーー
もといリンタロウが体と心の不一致を告白した事で女子の入浴は彼女を除く4人で行った。
リンタロウは身体は女子なので、男子と一緒に入浴する訳にもいかず、女子用の天幕で、私達が終わった後に1人で入浴する事になった。
そうして恙無く身体を綺麗にした後は、ツカサさんに教わるがままに体表状態情報を保存した。
翌日から早速
「研修期間中は毎日、体表状態情報を上書きするように」
との課題が出された。
それと共に[状態情報の保存とタイムラインへの上書き]に関する【応用】に関しても説明があった。
「この状態情報の保存とタイムラインへの上書きによって[怪我や病気を無かった事にする]事が可能です。
魔法使い自身のヒーリングは基本的にこれを多用します。
ですがが体表状態情報と体内状態情報とでは情報量が全く違います。
当然の事ながら大きな情報量を上書きするには多くの魔力が必要です。
あと魔力は「エーテル体のチャクラ」で作られるものだという事を皆さんは拝領式前にレイカ先生から教えられて、実際に魔力を生み出してみて実感した事と思いますが。
体内状態情報の保存と上書きに関してはそれでは足りません。
なので随時発電するのでは足りない分を何処からか調達するのか?という問題に関しては[魔力袋]と言われるものを創造する必要があります」
ツカサさんはそう言うと[魔力袋]について話し出した。
それはつまりチャクラを泉に擬え、体内を巡る魔力を川や水路に擬えるなら「魔力袋はダムのようなもの」という話だった。
ラノベなんかだと魔力袋は「体内にある」とされる事が多い訳だが。
実際には「四次元ポケット」みたいなものを肉体と重なっている「エーテル体の魔力循環経路」の安定した箇所に創造し必要時に使えるように準備しておくようなものだった。
欲張って熟練度相当の量を超えた大容量の魔力袋を創造すると[魔力暴走]起きやすくなるのだそうだ。
なので「自分自身が無難に扱える魔力量自体が増えてから大容量の魔力袋へと後日作り替える」という進化プランを予め想定して、先ずは初心者用容量の魔力袋を創造しなければならない。
なので体内を巡っている魔力の脈を川や水路に見立てて、小・中・大と三段階の魔力袋を設置しても良さそうな、決壊の起きにくい安定した箇所を探し出す事から始めなければならない。
その為には「地図で川の全体像を確認する」のと同じように「体内を循環している魔力回路の全体像を確認する」必要がある。
透視術や看破術に特化した熟練の魔法使いは、自分の魔力循環回路だけでなく、他人の魔力回路まで見る事が出来る。
そうした専門家に言わせるなら、非魔法使いと魔法使いとの差は「体内の魔力循環の経路が合理的かつ機能的に構築されているか否か?」にあるのだそうだ。
王族・貴族は「魔力持ち」が多い。
しかし魔力持ちであっても非魔法使いである。
非魔法使いの魔力循環経路が「獣道と自然発生の川や沼」のようなものだとするなら、魔法使いの魔力循環経路は「地形の理に沿って合理的かつ機能的に整備された街道や川やダム」のようなものなのだとか。
一方で普通の人間の場合は魔力の代わりに魔素が循環している。
魔素は魔力として利用できない。
エネルギーとして利用不可の劣化版なのだ。
女魔法使いは王族・貴族の側室として迎えられる事も多いのだそうだが。
理由としては「魔法使いの魔法適性の遺伝子を市井に漏らさず、王族・貴族が平民との格差を維持できるように」という思惑があるのだとか。
よって魔法使いの婚姻は国に管理されていて、基本的に魔法使いは平民とは結婚できない。
しかし王族・貴族が「魔力持ち」であっても、彼らは拝領式で「魔法行使媒体」を授かるわけではない。
王族・貴族らは「魔道具」と呼ばれる道具に魔力を注ぐ事によって魔法を行使する事になるが、魔道具は万能ではない。
一つの品につき一つの機能しか果たせず、尚且つ高価で尚且つ消費魔力が大きい。
色々と制限が多いのである。
そもそもが「魔力」というものの正体は、裏月における研究によると「エーテルとアストラルライトの混合物」だと言われている。
地球のような魔法の無い世界においてはエーテルとアストラルライトは水と油のように混じり合わない。
一方で魔法が存在する世界では、
それらは混じり合う。
界面活性剤が水と油を混じり合わせるように、この世界にはエーテルとアストラルライトを混じり合わせる「仲介要素」が存在するのだろうと推測されている。
「【地球世界】でも情動エネルギーと認知エネルギーが混ぜ合わされて『呪力』として用いられていましたね。
霊能者が『呪力』で他人を金縛りに掛けるのをテレビで見たことがある人は多いと思います。
インチキなのか本当なのか判別はつきませんでしたが」
ツカサさんが地球でのことを引き合いに出したが、呪力を使う日本人霊能者の話は元日本人にしか判らないようだった。
魔力にしろ呪力にしろ
二つの波が「どちらかが信号波、どちらかが搬送波」となって変調が起きる事によって「干渉する力」となっているのだという。
そうした理論を学んで今日のツカサさんの授業は終わった。
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