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新生活
砦の魔法使いが行う仕事はーー
彼方此方、領地の彼方此方にある「退魔結界用の魔道具」に魔力を注いで回る事。
そして決められた担当区域の清掃と浄化。
その後の状態情報保存と、
日々の清浄状態の上書き。
という事は習ったのだが、独りで割り振られた担当区域へ向かうのは今日が初めての事となる。
有難いのは、魔結界が魔法使いの魔法に頼らずに、魔道具によって施されている事だろうと思う。
何故、退魔結界の構築と維持に魔道具を利用されているのかと言えば、「魔法使いの数が足りない場合の対策」なのだそうだ。
貴族の多くは「魔力持ち」であるが「接続承認契約者」ではない為、拝領の間で儀式を行っても何も得られない。
彼らは魔力を持つものの神から授かる筈の魔法行使媒体を持たないので、
その代わりに魔道具を使う。
貴族は魔道具によって魔法の代わりとなる事を行えるのだ。
勿論、貴族以外にも平民からも「魔力持ち」は生まれる。
そして魔力は魔物の死体から採れる魔石でも補える。
魔法使いが足りない時に備えて、ラーヘル砦では「魔力持ち」が退魔結界用魔道具に魔力を注ぐ役目を担ってくれている分があるので。
ラーヘルの退魔結界の維持にかかる魔法使いの一人一人の負担は他の砦よりも少ないのだそうだ。
寧ろ担当区域の「清掃」と「浄化」の方が大変なのだ。
浄化の方はーー
【月影の書】にプリインストールされているファイルの中に「浄化状態情報」がある。
それを使えば何の苦労もなく浄化を施工できる。
なので工夫がいるのは清掃(清潔化)の方だろう。
一度自らの手で綺麗に掃除する必要があるのだから。
私はこの世界の魔法使いには、ここ数十年は地球出身者が増えているという話を聞いていたし、実際に会った事のある魔法使いは皆地球出身者だった。
なので此処に来て初めて
地球以外の世界から転生してきた魔法使いに遭遇した事になる。
私よりも半年早く赴任してきた先輩の見習い魔法使いのハリーさんは地球出身者だが
私よりも1年半早く赴任してきた先輩の見習い魔法使いのアデレートさんは【金令世界】の出身者なのだそうだ。
更にはラーヘル専属の魔法使いのダマーさんは【木栄世界】の出身者だとの事。
地球出身者が他の出身者よりも本格的に多くなって来たのは、ここ10年くらいの事であり。
ピークを過ぎたら別の【世界】からの出身者が増える事になるのだろうと予測されている。
私としては他の【世界】に対して興味津々なのでアデレートさんやダマーさんの仕事を是非とも見学したかったのだがーー
断られた。
ハリーさんから、コッソリ聞いた話では。
アデレートさんの【月影の書】は「魔導書」のような「本来【月影の書】とはこうあるべき」と思うようなもので、魔法も長い呪文を唱えて使う形式らしい。
一方で
ダマーさんの【月影の書】は「長い筒」のようなものに、巻尺のようなものが巻きついているものらしい。
巻尺状のものには記号や文字が書かれていて、筒の太さが変わる事で、「縦読み」出来る言葉が変わるのだそうだ。
そして「縦読み」の言葉を唱える事で魔法を発動させるのだとか。
それぞれの【世界】の違いに対して私は何とも言えないエキゾチックな魅力を感じた。
余所の世界の人達から見たら
地球出身者達の【月影の書】もそれなりに魅力ある魔法行使媒体なのだろうけど。
見慣れたものより見慣れないものに惹かれてしまうのが、好奇心を持つ人間のサガである。
しかし若手の魔法使い界隈で地球出身者が多数派となっている現状では、少数派は疎外感と共に警戒心も感じてしまうものらしい。
私とハリーさんは直ぐに打ち解けたのに対して、アデレートさんとダマーさんの態度は事務的でヨソヨソしい。
ハリーさん謂く
「別に僕らが嫌われている訳ではなくて、アレがあの人達の平常モードなんだよ」
との事。
この職場は今までとは色々と勝手が違う。
例えばわたしの魔法名の
「イオリ・ミヤジマ」は、人によっては発音しにくいらしく
「イオィ・ミャージム」となる。
アデレートさんから
「発音しにくいから[イオ]って呼ぶけど、それで良いよね?」
と自己紹介直後の初対面の時に言われた。
それ以降何故か、他の皆さんからも「イオ」と呼ばれている。
(余程呼びにくかったらしい)
「一昨日教えたので、自分の担当の場所は分かるね?」
とダマーさんが尋ねる。
「場所は覚えてます。だけど独りで回るのは少し心配です。
ちゃんと出来てるのかどうか客観的な確認が無いと余計に…」
と不安に思っていることを言ってみた。
「それは大丈夫だ。魔道具の魔力補充も、浄化も、本当に大切な箇所は私やアイル様の側近が責任を持って受け持っているから。
魔法行使媒体を拝領して二年に満たない君達見習生に任せる箇所は、そこまで重要な所ではない。
私を含めて数人が君達の担当箇所を交代で見回りに出向く事もあるので。
不手際があっても見逃さず、きちんと教え直すから安心していい」
とダマーさんが、
安心させたいのか、
不安がらせたいのか、
よく分からない事を言って、
私達は送り出された。
それにしてもハリーさんが半年前、
アデレートさんが1年半前に赴任してきている事からして
「次に此処に魔法使い見習生が配置されるのは半年先の予定だったんじゃないですか?」
と疑問を持ったので
ハリーさんに質問してみた。
「うん、基本は毎年1人、秋分後の研修を終えた者達の中から来る事になってたみたいだね」
と率直に教えてくれる。
「まぁ、見習生といっても魔法行使媒体を持つ以上、立派に魔法使いな訳だし。
何処の領地でも魔法使い不足だから、増員を狙って、アングラでは熾烈な争奪戦が繰り広げられてるって話だね」
と如何にも他人事そうに
呑気な様子でハリーさんが言う。
「それじゃ私が今、此処に居るのって、裏に色んな根回しがあっての事なんですね?」
(もしかして、そうなんじゃないかな?と少しは思ってた訳だけど…)
「ラーヘル辺境伯はへレス・ジット公爵と懇意で、かの公爵の力添えを色々と受けてお世話になってるらしい、って話は聞いた事があるね。
君の件もそうなんじゃない?」
「そういえば聞いたような名前です。どういった方なんでしょうか?」
(魔法省の人事責任者がそういう名前を出してたような気がする)
「この国では異国から嫁いで来られた王妃の血縁の王子がルーツとなっている公爵家やら侯爵家が沢山あるらしくて、ジット公爵家もその一つだったと思うよ」
「異国の王族の血縁者ですか…。アイル様は熱心な愛国者だと噂でお聞きした事があるのですが。異国の王族関係者である公爵様と懇意なのですね?」
と思わず疑問に思ってしまった。
「そこは僕から見ても不思議な所なんだよね〜。でも我々にはお貴族様方の考える事なんて理解出来ないし。多分理解しようとして首を突っ込むとロクでもない事になると思うし。腑に落ちない事があっても、スルーしておくのが無難だと思うよ」
と、これまた如何にも「他人事」という感じの事を言われた。
「あの、でも私。一応アイル様の婚約者って事らしくて、首を突っ込みたくなくても、突っ込む羽目になるかも知れないんですけど…」
「あ〜。そうでした。ゴメンなさい。
…それにしても災難だよね。
砦勤務って下働き以外は圧倒的に女性が少ないから、普通の状況で赴任して来る女魔法使いはモテモテなんだって。
アデレートさんなんか騎士団員や警備隊員の間では女神のように持て囃されてて、相当引く手数多らしいよ。
君の場合は伯爵様の[お手付き]って事で、誰も寄って来ないだろうから、随分寂しい思いするんじゃない?」
(そんな、ねぇ?…別に逆ハーレムとか目指してないし…)
「いえ、寂しいといった暇も無いかも知れないです。
平民出身者だと側室と言えど、そのままでは夫人には成れないらしくて。
形式的にサーデー男爵の養女という事になってるそうです。
お務めのない休日は貴族街にあるサーデー男爵家の別邸で行儀見習いの習い事を受けて過ごす予定になってます…」
(別に、習い事が嫌って訳じゃないけど。休日は有って無きに等しい、ってのが何か疲れそう…)
「あ、ああ…年中無休って訳だね?
僕なんて週休2日でも休みが足りないのに、君、本当に大変だねぇ」
とハリーさんが言う。
しかしあくまでも他人事らしくて、深刻そうな様子は皆無。
(こういう人って、人生楽しそう…)
***************
「砦と言っても、本当にお城だなぁ…。見て回るだけでも丸一日かかりそう。…それを掃除しろってのは、過労死させる為の罠か何かか?って気がしてくるよね…」
広い。とにかく広い。
広過ぎる担当区域の何処から手を付けるべきなのか、メドが立たない。
(こういうのは「独学で勉強する」のと同じように「先ず大雑把に目標を立てて、出来る所から着手する」のが一番なんだろうな)
しかしこうした面倒な事を
(あの適当そうなハリーさんもちゃんとこなしてるのか…)
そう思うと…。
(これ出来なかったら[私ダメ人間]って感じの自己評価になりそうな気がする…。頑張ろう…)
計画性も目標もなくやってたら、非効率な状態で無駄に時間が過ぎると思うので、一応計画を立ててみる。
先ずは、だだっ広い回廊を突き当たりまで風魔法で埃払いする。
その後無数の空き部屋に入り、窓を開けて回る。
弱目の風魔法で換気。
空き部屋内の拭き掃除。
回廊の拭き掃除。
空き部屋の中の整理整頓。
拭き掃除で濡れた箇所が乾燥したら「浄化」を施工。
その後は「状態情報保存」。
そして翌日からはこの一画は
「状態情報」の「上書き」によって、
清掃・浄化状態を維持できる。
なので翌日は次の区画を掃除に行ける。
今の所、私の魔力袋は「小」なので、あまり一度に色んな事をすると魔力切れを起こしてしまう。
私の担当区域は、ここと似たような広さが「あと4つ」といった所。
退魔結界用魔道具に魔力を注いだ後、
担当区域の清浄化を真面目にやったとすると…
魔力量の七割が毎日消費される事になる。
一晩ぐっすり眠る事で丁度七割程が回復するのだが
そうなると実験やら何やらでプライベートに魔力を使う余裕が無くなってしまう。
「もっと効率化できないもんかな…」
「或いは魔力袋の中を創造するか…」
と考えてしまうが、今は取り敢えず自分の仕事をするしかない。
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