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恋をしてはいけない
呪歌習得に向けての「喉からの魔力の放出」技術に関してだが、それは或る仮説を取り入れる事で解消する事が出来た。
それは魔力の成り立ちに関連する仮説であり、一部のマイナーな研究者の間で語り伝えられてきたものである。
つまり「魔力」とは
アストラルライトと
エーテルとが
仲介物によって
混じり合った混合物なのだが
アストラルライト
エーテル
仲介物
これらの比率が変化する事によって、その形態も変化し、使用用途も変化するといった内容のものであった。
この説を信じるとするなら「魔力に纏まりが無く、指向性も無い」のは「エーテルの比率が少ない状態」を示していた。
なので放出する魔力に「エーテル=情動エネルギー」を乗せるつもりで「感情を込めて声を出す」と放出された魔力はちゃんと纏まりと指向性を持ち、望んだ方向へと向かってくれるようになった。
呪歌が単なる呪文の詠唱ではな「歌」である由縁はこうした事情に則ったものだったのかも知れない、と私達は結論を出した。
あとは詠唱歌詞である呪文の内容に関する把握と整理だったが
これは意外にも詩心があったハリーさんが役立ってくれた。
ハリーさんの前世は紛争地帯の出身だった事もあり「兎に角、生き長らえる」という事以外に思考を割く余裕もない毎日を送っていたのだとか。
唯一の趣味が「詩をつくること」であり、神様に祈る時にも詩を捧げ、家族へのプレゼントを買うお金が無い時も詩を書き贈ったりしていたのだ。
「実際に歌われていたという呪歌の歌詞は余りにも当時の人達の固有名詞が入り込み過ぎてて、これじゃあ使えないよ」というダメ出しの後
「これなら」
といった感じに大筋を変えずに歌詞をアレンジしてくれた。
試しに喉から魔力を放出しながら感情を込めて歌ってみたらちゃんと発動してくれた。
元々、伝承で伝わっている歌詞のレパートリーがそこまで多くなかった為に
現代版にアレンジした使える呪歌は今の所三つしかない。
だけどそれは三つは
「敵(獣・魔物)を眠らせる」
「味方を祝福する」
「味方にかけられた呪いを解く」
といった効果を持つ優れものであった。
こうした切り札を得て私も一応は「人外境へ赴いても大丈夫」な魔法使いの一員として認められた。
あと、私には迷信としか思えないような「処女は人外境へは立ち入る勿かれ」といった心配に関しても、近日中に解決する事になっている。
ハーダル様とホデシュ様の決闘の後、私はホデシュ様と婚約したからだ。
しかしその後…ハーダル様とは一度も顔を合わせていない。
なので彼がどんな気持ちでいるのかも知りようがない。
アイル様にそれとなくハーダル様の様子を訊いてみたのだけど。
「決闘による誓約は神聖なものだ。
『負けた方はお前の事を諦める』という誓約がある以上、今後ホデシュが死んだとしてもハーダルはお前を娶る事は出来ない。
お前が心を残している事を知ればヤツの苦しみも長引く。
お前に慈悲の心があるのならヤツが必ず立ち直るのを信じて、ヤツの事はもう気にかけるな」
と言われて何も教えて貰えなかった。
ましてやホデシュ様にハーダル様の事を訊く訳にもいかないのでハーダル様の事を知る術は「使い魔に様子を見させるか?」といった事しか方法が無かった。
だけどそれも万が一誰かに知られたら、途轍もなく面倒な事になるだろうと思い、敢えて使い魔をハーダル様の許へ遣わす事もしなかった。
選択肢が無くなって、迷いがなくなった筈なのに。
胸にはポッカリ穴が空いたように感じられる。
それでも、こうして姿を見かける事さえ無くなって…ホデシュ様の妻の一人になり、その内そうした暮らしに慣れてしまえばいずれ何も感じなくなるのだろうと思った。
***************
スライム素材で創った「魔眼もどき」の魔道具も完成したし。
[魔道具研究室]は今後暫くはアイル様が出資している商会や魔道具店で販売できるような「魔石を使った一般人向けの魔道具」を開発する事が決まっている。
商売でお金を稼ぐ事も私達の大切な仕事なのだ。
あまり私事にばかりかまけても居られない。
私はそう自分に気合を入れて、自分が作った薬を商会の会頭であるアルガマンさんに売り付けるセールストークについて考え出した。
「私が趣味で作る薬は大量生産を前提としたまとめ買いの値引きを材料の仕入れ値で期待出来ないので、仕入れ値自体の高さがネックになって、そこまで安くは売れません。
ですがレシピ自体が、実家での知識に加えて異世界の知識が混じってまして、他には無い仕様であり効き目は抜群です」
応接室で紹介されたアルガマンさん(アルガマン商会の会頭さん)に自分の作った薬を自慢した。
「いきなりソチラで取り扱って欲しいと言っても、私に対しても私の薬に対しても信用がない事は理解しております。
なので先ずはお試し品として材料費のみの値段でお渡しします。
それを使用して効果を実感して頂いた後に私との取り引きをして頂けたらと思います」
回復薬
毒消し薬
酔い止め薬
下剤
整腸剤
頭痛薬
回春剤
育毛剤
化粧品
石鹸
などといった品物のサンプルを提示した。
アルガマンさんはアイル様と顔を見合わせて
「アイル様からお聞きしておりましたが成る程、随分と多芸な魔法使い様ですな」
と言った。
そのニコリと笑う顔を見ながら
(うーん。この人何処かで会った事があるような…)
と思ってしまった。
だが思い出せない。
思わずアルガマンさんをジッと見詰めてしまっていた。
「何故か貴方とは初めてお会いした気がしません。私達、何処かで会った事がありませんか?」
とズバリ訊いた。
「そういった台詞は婚姻を控えられた娘さんが仰るようなお言葉ではありませんよ」
とアルガマンさんはニヤリと少し皮肉気に意地悪そうに笑った。
その途端
「あーーーっっ!!!」
と指差して叫んでしまった。
「この顔!あの仮面の!アイル様?!」
と勢いよくアイル様に食ってかかった。
このアルガマンさんの顔は、アイル様がガーローンで会った魔道具屋の店主その人であった事を証明する為に、以前、私の目の前で被ってみせてくれた変装用仮面の顔にソックリだったのだ。
「バカめ、やっと気づいたか?」
アイル様はニヤニヤと笑っている。
「ええ、やっと気づきました。アイル様のお人柄の良さについても」
…ついジト目で見返してしまう。
「あの日、あの仮面を部屋に置いたままお前に対面してしまっている以上、アルガマンの正体に関しては隠すつもりは無かった。どうせいずれバレるしな」
「それなら最初から言ってくれれば良いのに…」
「お前が余りに間抜けでも困るだろう?ホデシュの嫁が使えないヤツだとコイツに思われたら、後々仲間内の連携でも困った点が出てくるだろうからな。…という訳だ。ユオール」
アイル様が「ユオール」と声を掛けると「アルガマンさん」だと思っていた人が「顔」をペラリと外した。
「顔」は以前アイル様が着けてみせたのと同じく「仮面」だったのだ。
「…スミマセン。事情が把握出来なくなりました。…『アイル様がアルガマンさんソックリの仮面を使って、偶にお二人が入れ替わってた』という事では無かったんですか?」
私が素朴な疑問を呈すると
「そもそもアルガマンなんて男は存在しない。私が商売をする上で創り上げた人物だ。それを私とユオールが合作で演じている。普段は主にユオールがアルガマンを演ってくれてる」
「そうだったんですね?…でもそういった話を私にしても大丈夫なんですか?」
「お前に話さなければお前の蜘蛛達に『余計なものを映すな』という指示を出して貰えないだろうが…」
アイル様が溜息を吐いた。
「ああ、…そうですよね」
そう言われて腑に落ちた。
「納得してくれたのなら、早速使い魔に指示を頼む。このアルガマンと商人ギルドの長であるパーティルに関しては余計なモノを映すな、と」
「ギルド長のパーティルさん?ですか?その人も似たような事情の方なんですか?」
「そうだ。頼めるか?」
「了解です」
私は直様使い魔を呼び、アイル様の要望通りの指令をアイル様の目の前で出した。
「あとお前達が開発した『魔眼もどき』だったか?アレの説明をしてやってくれ」
アイル様は秘書さんを振り返って「魔眼もどき」のサンプル二つを受け取った。
「はい。『魔眼もどき』の概要はアイル様には報告書でお伝えしてましたが、もう一度詳しくユオールさんを交えて説明させて頂きますね」
と言って私は説明に入った。
「一つは簡易版です。コレは魔素・魔力の色は判りますが、それは活発化してるチャクラ辺りに色が反映されるだけで、魔素・魔力の流れまでは判りません」
「もう一つは完成版です。コレは魔素・魔力の色だけでなく、その流れも密度も判るので魔力回路までもが見えます」
私は眼鏡型の完成版魔眼もどきを自分に取り付けた。
「それによって相手がただの魔力持ちなのか、貴族なのか、魔法使いなのかの判別がついてしまいます。
因みにこの判定法ではユオールさんは貴族に該当しますが、合ってますか?」
ユオールさんは少し面喰らったような表情になった。
「俺の事、何か話しましたか?」
と素になってアイル様に訊いている。
「分かっただろう?『予め味方だと伝えておかないと嗅ぎ回られて厄介な事になる』と言った意味が」
「好奇心旺盛な方ですからね…予め牽制しておかないと国属の騎士を通じて中央に此方の動きが筒抜けになって、要らぬ誤解を招きます」
アイル様と秘書さんが言う。
「あの、私の事、褒めてるんですかね?」
「情報収集能力は褒めてる。だが余計な事にまで首を突っ込む行動力と影響力に関しては警戒している」
と言うアイル様の目が少し冷たい。
「この完成版に関しては製品の存在自体を秘匿するよう命じる。簡易版に関しては今後需要がある可能性があるので、そのつもりでいろ」
(確かにね。魔力回路まで看破できる魔眼持ちなんてそうそう居ないからこそ、アイル様のような隠れ魔法使いが貴族なんてやってられるんだもんね)
「ならば、完成版に関しては資料を全て研究室から回収してきますし、皆にも口止めしておきます。回収後の資料をどうなさるかに関してはアイル様の一存にお任せします」
「ああ、頼む」
アイル様が秘書さんに目配せすると私は退室を促されたのでそのまま応接室を出た。
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