梯【きざはし】

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梯【きざはし】

 鍵を預かっている叔父の家に、風を通しに行くことにした。  叔父の家は山間にあった。川によって水田や集落と隔てられていて、その川には細く頼りない橋が架けられていた。  はるか下にある流れを眺めながら橋を渡る。一歩を踏み出すごとに、橋桁を踏み抜かないかどうか不安になった。今の私はかつての私よりも重い。  橋を渡りきってから叔父の家まで続いているはずの、土を踏み固めただけの細い道は、草に埋もれていた。叔父は長いこと家を留守にしている。道端の草を刈る者も往来する者もいないのだから、このようになっているのは必定だった。  玄関の戸に手を掛けると鍵がかかっていた。鍵をあけて家に入る。暗く、涼しくて、埃っぽい。  雨戸を外して、すべての窓を開け放った。家中に光が射して、風が吹き抜ける。はたきをかけ、掃き掃除をすませたところで、休憩することにした。  居間の座卓に、この家の鍵と一緒に手渡された、本のようなものを置いた。おそらく叔父はこれのほとんどをこの家で綴ったのだろう。だから、この家にこれのある様をひとときではあれ見てみたくて、持って来た。  ひとひらの紙片が畳に落ちた。新聞の切り抜きだった。紙束たる方形に挟まれていただけであるらしい。つまみあげてみると、褪色して青みを帯び、際は黄色くなって、ぺらぺらになっていた。いつの記事であるのかはわからなかったが、古いものであることはたしかなようだった。印刷されている文字だけが、時を経ても黒々としていて、海辺の落雷を報じていた。雷が落ちて、防潮林の一部が燃えた。それは椿の林であったという。  かつての夏休み、山の頂から叔父と一緒に眺めた雷光を思い出す。日傘のひとは欲しがったものを手にできたのだろうか。  方形の紙束に眼を戻す。叔父はこれを紐解くことをもとめなかった。そうであるからには、これを覗こうとすることは、暴くということになるのかもしれない。叔父にとって息を継ぐためのよすがであったかもしれないものを、撓め、歪め、踏みしだくことになるのかもしれない。  もとめるものに手を伸ばすために、叔父はこれを置いていった。  この家の鍵を託されたあの時、言いがかりであるとはわかっていても、見放されたと、裏切られたと、怒りを覚えた。置き去りにされるのだと焦燥に揺れた。日々において見ないふりをしてきたそれらが疼き出す。  寂寞と羨望に背を押されて、私は頁を捲り始めた。 <了>
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