手繋ぎ

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帰宅ラッシュと重なり、人でごった返した駅のコンコースで、 私は、繋いだ手をわざと離した。 慌てて振り向いて、人混みの中私の姿を探すあなたを、目に焼き付けたくて。 呆れ顔で「はぐれるだろ」と私の手を握り直し、 またすぐに正面に向き直ったあなたは、 前だけを見て数メートル先の改札を目指す。 ……ほらね、 やっぱりあなたはもう私のことを見てなんかいない。 いつの間にか惰性と化した手繋ぎを、 あと何回、あなたの方からしてくれるんだろうか。 私の手を引く少し汗ばんだ大きな手を、気づかれないほどの強さで握り返した。 会えない時間が愛を育てるだなんて、歌の中だけの綺麗事だ。 現に私達は、三ヶ月に一度の義務のような再会だけで、辛うじて繋がっている関係なのだから。 「じゃあ」「またね」 短い挨拶を交わし、 私は、繋いだ手をわざと強く握った。 あなたは困ったように曖昧に笑って、私の手をやんわりと振りほどいた。 ……ほらね、 それなのにどうして、私は離れられないんだろう。 改札を抜けたあなたは、 また、私の手の届かない場所へと帰っていく。 振り返って数メートル歩いたところで、目の前の人波がゆらゆらと揺れて視界が歪んだ。 このまま、飲み込まれて溺れてしまいたい。 そんな衝動に身を任せる術もなく、 私は、涙で滲んだ人波をひたすらに掻き分けた。
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