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息を切らし夜中のセンター街を走る。黒ずくめの男の後ろ姿を捉えることはできてもなかなか距離を縮められずにいた。走りながら頭の中で計算をする。僕が今年二十四歳で生まれてから約八千六百日。百万回ということは一日百二十回弱すれ違っている計算になる。そんなの親でもありえないんじゃないだろうか?
黒ずくめの男は渋谷の街を闇雲に走り回っているようだった。少なくともなにか目的地があるようには思えない。飲んだ酒を全部吐きそうになりながら必死に追いかけ、ハチ公前の人ごみに紛れてしまうのを見送った。さすがにあそこにはもう二度と近寄りたくなかった。
男の正体がおぼろげながら分かったのは、諦めてタクシーを捕まえ、乗り込もうとした時だった。背後から街灯に照らされた僕にあるべきものがなかった。ドライバーに早く乗車するように促されなければ、しばらく止まったまま自分の影がなくなっている事実について考えていたことだろう。あの男は僕の影だ。そういえば体格や走り方も似ていた。きっと少女の霊に手を突っ込まれたときに離ればなれになったのだろう。荒唐無稽な推測だが、この眼鏡やあの少女の霊だって普通ではありえない話なのだからなにが起きてももう不思議ではない。
彼らは巧妙に人ごみに紛れる。眠れない夜を過ごした翌日から僕は、会社を休んで渋谷の街を歩き回り始めた。菅田将暉風の丸眼鏡をかけ、橋本環奈似の幽霊と、自分自身の影を探して。
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