すれ違いカウンター

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 少女の霊は虚ろな表情のまま立ち止まった。視点の合わなかった瞳が僕を捕縛するかのようにその焦点を定める。僕は彼女を止めてまで一体なにをしたかったのだろう? 当初の衝動を忘れさせるくらいに彼女の瞳は美しく、恐ろしかった。金縛りにあっているのか、それとも足がすくんでいるだけなのか、理由は定かではないがその場から動けない僕に彼女が青白い腕を伸ばした。彼女の瞳から目を逸らすこともできない。叫び声を上げることもできない。今の僕は周りからはどんな風に見えているのだろう? ゆっくりと彼女の手が僕の体内に入ってくる感覚。死すら覚悟した僕を救ったのは、ふらついて僕に体ごとぶつかってきた酔っぱらいの中年だった。  揉み合うように倒れ込んだ瞬間、呪縛が解けたように体の自由が戻った。僕は命の恩人である酔っぱらいの中年と幽霊の少女を顧みることなく駆け出した。スクランブル交差点を駅に向かう人たちに逆らって走り、煌々としたセンター街へ駆け込んだ。Q-FRONTの壁に背中を付け、そのままズルズルと座り込んだ。恐る恐る交差点の方を見るが少女が追ってきている様子はない。  座ったまま息を整える。終電間際ともなるとさすがに昼のような人通りはなくなっている。駅に急ぐ人たちの数字を悪癖のように確認しようとして、やめた。今回ばかりは先輩の助言を大人しく聞こう。眼鏡を使うのをやめて、もう先輩に返そう。そう決意し、タクシーを拾おうと立ち上がり、眼鏡を外そうとした僕の目の前を帽子を目深に被った黒ずくめの男が早足で横切った。  あと数秒、眼鏡を取るのが早かったら彼の頭上の数字を見逃していたところだった。さっきの決意を忘れた訳ではないが、彼を追わずにはいられなかった。彼の数字は「999999」おそらくカンストしていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加